Masuk「月の民殲滅は確かにシルフの国王が提案し、様々な国の魔道士達を招集させて殲滅していく、というのが一般的に知られている事です。」
「はい、俺もそういう風に聞きました。」 「でも本当は違うの。シルフの国王は元々平和主義を心掛けていた心の優しい人で当時も月の民殲滅には反対していたのです。けど、あの男が来てからシルフの国王は変わりました。」 「それは、さっき言っていた思考を操る魔法か?」 フィナの口ぶりで何を言いたいのか察したグレンが口を挟んだ。 「はい。12年前に突然やって来たハイド・スペクターが原因だと思います。彼は何故なのか分かりませんが会った当初から国王に気に入られ、その日に王の特権で宰相になったのです。」 このシルフは民主主義ではなく、どちらかと言えば絶対王政が強い国で法律の改正や政治に関わる事以外なら大抵の事を決めれる事が許されていた。 「その日からです、国王が可笑しくなったのは。国民の取り立ての期日に遅れた者に罰を与えたり、自分の意見に少しでも反論すれば牢に入れ拷問、酷い時はその場で射殺とかもありました。」 「…まるで別の人格に乗っ取られたみたいに国王は豹変してしまいました。そして、ハイドが宰相になってから1ヶ月後に国王は月の民の殲滅を発表したのです。」 「さっき言ってた国王の特権か?それで誰も反論出来ずに殲滅が始まった訳か。」 「ええ、そうよ。反論した者もいましたが問答無用で殺されます。そして殲滅はまもなくして始まりました。私も当時その殲滅に参加させられていました…」 そこから話すのは余程辛い事なのか、テーブルに置いたフィナの握りこぶしはプルプルと震えていた。 「フィナさん…。」 「大丈夫よ。…殲滅は誰もが嫌だったはず。国を守る為に存在する魔道兵や騎士団、それぞれの魔道士達の誰もがその場から逃げ出したかった筈。1人を除いては…」 「その1人と言うのはハイドか?」 「いいえ、あの時ハイドは殲滅には参加していなかったけど代わりにある魔道士を派遣させたの。そいつの名は、ネル・ナイトフォース。殺す事に躊躇しない冷酷な性格に加え人にとって危険となる魔法を使う黒魔道士よ。」 ネル・ナイトフォース。 その男の名前を聞いた時、カイルは顔色を一瞬にして変えた。 その男は、この世の魔法界にいるものなら少なからず一回は名前を聞くと言っても過言ではない。 しかも騎士団を統べる騎士団長のカイルが知らないはずがなく、慌ててフィナに聞いた。 「ネル・ナイトフォース!?あの超一級の黒魔道士も戦争に加担してたんですか?」 「そうよ。」 すると先程黙っていたグレンが2人の会話に口を挟んだ。 「そんな事は俺にはどうでもいい。俺が気になるのはそのハイドって奴がその殲滅中に何をしていたかだ。」 「何をしていたかというのは?」 「どうもその月の民の殲滅はただ月の民の存在を消す為に行われたのとは考えにくい。まだ俺にも分からんが、別の計画を実行しようとしてたんじゃないのか?」 どうなんだと言いたげな目でフィナを見るとフィナはコクっと頷いた。 「ええ、ハイドが殲滅の時に何か別の計画を実行していたのは事実の筈よ。それが分かったのは殲滅が終わった4年後…つまり、今から8年前に。」 フィナはそのまま続けて言った。 「8年前…私たち魔導兵、騎士団は何も分かっていなかった…。あの日突然に起こったあの悲劇は絶対に忘れない!」 「何だ?言うか言わないのかハッキリしろ。」 「おい!テメェ、フィナさんの気持ちをちょっとは考えろ!」 するとフィナは涙をすすりながらふるふる震え、ゆっくりと言った。 「許せない…許せない!…あいつだけは…あいつだけはどうしても許せない!」 フィナの頭の中で不敵な笑みを浮かべたネル・ナイトフォースの姿が現れる。 その事を思い出すだけでフィナの拳は机の上で力強く押し付けられ、バグーラ団長や他の団員達もフィナのその姿を見て悲しそうに下を向いた。 そんな空気の中グレンはその雰囲気を無視するかの様に切り出した。 「…で、そんな事より俺たちはどうすればいい?何か要件があるからここに連れて来たんだろ?」 「貴様ッ…そんな事だと!俺たちの悲劇を…」 団員の1人がグレンに突っかかろうとするがフィナはそれを制止させる為に腕を横に上げた。 「簡単に言うわ。あなた達には、シルフ王がいる王宮に忍び込んで欲しい。そして、ハイドの陰謀を暴いて欲しいの。」 「断る。俺がそれをやる理由がない。」 グレンはあっさりとその申し出を断った。 「俺はやります!今の話を聞いて黙っていられるわけがないですから!」 「ありがとう、カイルさん。…あなたはどうしてもダメなんですか?」 「俺はこの国で調べたい事がある。お前らの国の事情など知らん。」 するとバグーラ団長がそれに対して口を開いた。 「君の言ってる手掛かり…もしかするとハイドはその手掛かりについて知ってるかもしれん。」 「何を言ってる、爺さん?そんな事で俺があんたらの依頼を受けるわけ…」 馬鹿にした口調でバグーラ団長にあっさり返答しようとするグレン。だが、次のバグーラ団長の言葉で目の色が変わった。 「夜に輝く赤い月、豹変する国民の人々、これはキュアリーハートで起こった10年前の事件がこの国でも起こったんだ。この意味が分かるか?」 「…おい、爺さん。それは本当か?」 真剣な眼差しでバグーラ団長を見つめるグレン。それに対してバグーラ団長も同じ様な目で何も言わず頷いた。 「どう?これでこの依頼を受ける気になった?」 「…ああ、良いだろう。」 目的を見つけたグレンは今度はフィナの申し出を受け入れた。 それから2人は早速王宮に向かう準備に取り掛かり始めるとフィナから最後の言葉を受け取った。 「あとごめんなさい、言い忘れていた事を言うわ。」 そしてフィナは最後の言葉を口にする。 「ネル・ナイトフォース…こいつに出会っても絶対に戦わないで下さい。戦えば確実にあなた達2人は死ぬわ。どうか無事に戻って来て下さい。」 「はい、フィナさんありがとうございます。それでは…」 それだけを言い残し、2人はそのまま扉を開けて王宮に向かった。 するとバグーラ団長は他の残された騎士団の団員達に聞こえない声でフィナの耳元に言った。 「良いのか?今王宮に向かった所であやつらに勝算などないぞ?それにフィナ様よ、まさかとは思うが…」 「仕方がないの…あの人達がハイドに勝てるとは初めから思ってません。ただ、あの人達ならハイドの魔法を引き出せる可能性があります。」 「お前さん、まさかとは思うがまだあの事を…」 フィナは一瞬苦い表情になったがすぐに普通の表情に戻り。 「私は今死ぬわけにはいかないの!あの男を倒すまでは!その為には利用出来るものは利用する!例え…あいつの様に非道なやり方だとしても…」 あの男を…殺す為に! グレンとカイルはフィナに言われた通り2人で王宮の門の前まで来たが侵入しようにも魔導兵の数が多くて侵入は不可能で2人は建物の陰に隠れていた。 「おい、どうすんだよこれ!?」 カイルが小声で尋ねるとグレンはいつもの冷静な表情で侵入の作戦を考える。 考えてる時にある事に気がついた。 「この国は8年前に国民が居なくなったと言ってたな?それなのに何故この王宮には魔導兵がいる?」 「そんなもん知るか!偶々助かっただけだろ?」 「それに、あのフィナって女…どうも信用ならん。警備が厳しい状態を伝えないまま俺たちに王宮に忍び込むように言う時点で明らかに俺たちを使い捨てにしてる…」 「フィナさんはそんな奴じゃねーよ!お前のそのクソみたいな思考がフィナさんを悪に仕立て上げてんだよ!」 相変わらずグレンの一言一言にイラつきを感じるカイルは思わずグレンの胸ぐらを掴んでいた。 グレンは呆れる様に溜息を吐くとカイルの手をポンポンと叩き、カイルは手を離した。 「…初対面の奴の言う事はなるべく信じない様にするのが俺の考えだ。まあいい。とにかく、王宮に侵入出来たら文句ねえんだな?」 そう言ってグレンは両手を地面に付けるとそこから魔力が流れ込んだ。 ドゴォーーーン!!! 「な、何だ!」 建物の陰からいきなり聞こえた爆発に魔導兵は驚き、全員の視線は建物の陰に向いた。 そして何人かの魔導兵は建物の陰に何かいると感じたのかその陰にゆっくり忍び寄った。 魔導兵の1人が爆発した所をそっと覗き込むがそこには何故かグレンとカイルではなく、同じ魔導兵の仲間だった。 「お前ら!…まさか、あの爆発は…」 「ちが…う…。俺達は…室内で監視してたんだが…急に周りが光って、気がついたら…」 「お前らよく見たら王宮の中の魔導兵じゃないか?じゃあ、先程の爆発は一体…」 その頃、グレンとカイルは王宮の中の魔導兵達に囲まれていた。 「おい、お前の作戦のせいですっかり取り囲まれたじゃねーか!」 「うるさい。お前と俺ならこんなトラップ余裕でクリア出来るだろ?グダグダ言ってねーでさっさと片付けるぞ。」 そう言ってグレンは手のひらに黒炎を発生させ、カイルはイラついた表情で二本の剣を鞘から抜き、影の範囲を広げた。 王宮の外にいたグレンとカイルが何故王宮の中にいた魔導兵2人と入れ替わり、魔導兵2人は爆発に巻き込まれたのか? 先程グレンが両手を地面につけた時に魔力を流したのには理由があり、これは地面に魔力を流す事で他人の位置情報が特定できるのである。 これは空間魔法の最上級の魔法で特定された者は自分が居た場所と入れ替えられる。 それに加え、先程の爆発が入れ替えられた瞬間に起きた。 つまり、入れ替えられた者は全く予想できない状態で爆発を受けてしまうので使い方ではとても便利である。 「その便利な魔法で何ミスしてくれてんだよ!!」 カイルは怒りの勢いを利用して剣を横に振ると魔導兵達の手や足は木の枝の様に斬られていく。 「うわっ!危ねえだろ!!」 危うくグレンも斬られそうになるが間一髪で避ける事が出来た。 しかし、カイルは詫びるどころか蔑んだ目で言い返した。 「俺のせいじゃねーよ。俺の中でお前も敵として認識してるから不可抗力だっ…つーーの!!」 大群で押し寄せて来られたので今度は勢いを溜めてから剣を振り切り、周囲の影が斬撃になって大群の魔導兵達を切り裂いていく。 そしてグレンも巻き添いを喰らいそうになる。 流石のグレンも2回も巻き添いを喰らいそうになったのか、ブチっと切れた音が響いた。 「お前がそのつもりなら…」 そしてグレンは両手の黒炎を合わせると手の中から黒い魔法陣が現れ、そして魔法陣は天井に張り付いた。 「ー黒き地獄の雨は怨念の炎。」 そう唱えるとグレンはその場から姿を消し、その瞬間天井に張り付いた魔法陣から黒い炎が上から噴射し、その威力によって黒炎の爆風が辺りに行き渡った。 黒炎によって部屋は破壊され、石造りの豪華な王宮の廊下一面黒焦げで窓などは爆風によって全て破壊されていた。 勿論、この場にいた魔導兵達は全員黒炎によって消し飛んだ。 黒炎が噴射してる間、姿を現したグレンは別空間に移動して避難していた。 「やり過ぎたか?…あの騎士団団長も殺してしまっ…」 「あっぶねーだろ!!」 目の前の黒焦げになった部分から声が聞こえるとその黒焦げの部分が盛り上がり、球体の様な形に作られる。 その黒い球体が花びらの様に広がるとその中には防御姿勢を取ったカイルがいた。 「おい!ちょっとは手加減ってもんを知らねーのか!?殺す気か!」 カイルは黒炎の噴射時に慌てて自身の影を纏い、そのまま廊下の影と同化して黒炎から逃れる事が出来た。 カイルはもう少しで殺されそうになったので怒りを露わにしてグレンに言う。 しかし、グレンはそれに対して。 「…悪い、俺の黒炎がお前を魔導兵の雑魚共の一匹として認識してたわ。ホントごめん。」 「何だと!!…てゆーかお前、何笑ってんだよ?」 「えっ?」 気がつくとグレンの顔は自分で意図していないのに笑みを浮かべていた。 この10年間、どんな時でも決して笑わないグレンが何故自然に笑っているのか自分でも分からない。 グレンは珍しく慌てて顔の表情を直し、いつもの冷静な表情に戻るがカイルはそれを見て吹き出した。 「ぶっ!お前にも、そういった人間らしいところあるんだな…」 「黙れ、人間らしさなど俺には不要だ。さっさとハイドって奴を見つけるぞ。」 そう言ってグレンはフードを被ると先に続く廊下の道を早足で歩いていく。 「言われなくてもこっちはそのつもりなんだよ!」 カイルも剣を鞘に収め、グレンの後を追った。 ここは王宮のある場所。薄暗く、部屋は石造りで出来た壁に真ん中には階段が並んである。 階段に続く道の横にはロウソクが並べられ、その上にある大きな椅子に座っているのは。 「シルフ・ベルトラス王!大変です!侵入者です!」 1人の魔導兵がこの部屋の扉を開け、階段の上の椅子に座っている者に言った。 その物はシルフの3代目国王、シルフ・ベルトラス。見た目は大柄で太った体型に緑色の着物を羽織った偉そうなちょび髭の男だった。 シルフ王はそれを聞いてもなお慌てず自分のちょび髭を右手で弄りながら鼻で笑って言った。 「バハッ!へへへ、何年振りかな?儂の城に侵入者なんて…のう?ハイドちゃん。」 「ええ、そうですね…あなたに刃向かう馬鹿な愚民などもういないと思いましたが…」 するとシルフ王の椅子の後ろから黒いローブを全身に羽織った男が薄暗さの中から現れた。 ハイドと呼ばれた男はローブによって顔は見えない上に手に黒い手袋をはめ、口以外に肌が見えない姿をしていた。 見える口の上には整えられたダンディチックな髭を生やされガタイも良いので年的には40前後に見える。 「ベヘヘッ!そんなとこにイィ~たの?ハイドつぁん?」 滑舌が悪いのか歯切れの悪く辺りに唾を飛ばしながら喋るシルフ王。 この気持ち悪さは現代社会にも腐る程いるだろう、見た目最悪で偉そうに踏ん反り返ってるだけのクソでぶ上司。 そのシルフ王の気持ち悪さに涼しい顔で唾を浴びながら聞いた。 「私は国王の為なら心臓を捧げるだけの覚悟を常に持ってますよ。」 「そぅおーか?じゃ、今すぐにお前にやっちゃって欲しい仕事あんだけど、やっちゃってくれるぅ?」 「何なりと。」 ハイドが片膝をついて命令を受ける姿勢を取るとシルフ王はまたしても唾を撒き散らしながら言い放つ。 「ぃ今…この城に、人、2匹がいる!ハイドつぁん?儂の言いたい事、分かってるね?」 カッコつけて命令を下そうとするが逆にさっきよりも滑舌が悪く何を言ってるのか分からないシルフ王。 「仰せのままに、私への命は陛下の為にあれ。」 しかし、ハイドは訳の分からないシルフ王の言葉を理解して命令を承諾するとハイドのローブは全身を渦巻きながらその場から消えた。 「ベヘヘへへ!!儂を馬鹿にする者は、この国の者だちだろうと、儂の妻であろーど、月の民であろーど、反逆者とみなして殺してやる!!」 フィナが言っていたような優しい国民思いの王などどこにもいない。 ここに踏ん反り返ってる者は人間の身体をした悪魔。その目には純粋な殺意のみが映されていた。 一方、グレンとカイルは群がる魔導兵達を相手を一掃しながら先に進んでいく。 しかし、進んでいく中ある事にグレンとカイルは気づいた。 「おい、気づいたかガキ?」 「誰がガキだコラ!!…ああ、おかしいと思ったのはお前だけじゃねえ。」 ガキと言われて怒るカイルだがグレンが言いたい事をすぐに理解したカイル。 「この魔導兵…倒されても叫び声をあげないどころか死ぬと消える。…こんな風に」 カイルに斬りかかった魔導兵はカウンターの様にカイルの右手に持たれた剣で斬られるとチリになって消滅していった。 「キリがねえな。おい、もう一発黒炎放つからガードしろよ。」 「うわっ!ちょっと待てー!」 カイルはさっきの様な巻き添いを喰らいたくないのか慌てて自身の周りに影の盾を作った。 グレンは両手の平を合わせ、そこから黒炎で出来た球体が発生し、グレンはそれを円に沿う様に撫でながら呪文を唱える。 「ー悪魔の囁きが鳴り響く時、黒き砲撃を喰らわさん。」 そう唱えるとグレンの背後から黒炎で何かが形成されていく。 キシャャャヤヤ!!! 形成されたものは体が黒炎で出来た悪魔の姿をした化け物だった。 化け物は上に向かって叫ぶと、グレンの掌で形成された黒炎の球体の中から魔法陣が形成され、そこから大火力の黒炎が噴射される。 噴射された黒炎は目の前にいる魔導兵はおろか、辺りに大爆発を起こさせた。 その大爆発により部屋は跡形も無くなり、巨大な石造りの王宮は一瞬で半壊した。 影を纏っていたカイルでさえ黒炎の威力で端まで吹っ飛ばされた。 一応影を纏っていたのでダメージは無いが端まで吹っ飛ばされた事で壁などにぶつかり、物理的なダメージは受けていた。 「ったく、手加減ってのがねーのか?」 「…これで魔導兵は居なくなったな?行くぞ、とっととこの国にいるハイドって男見つけ出すぞ!」 「言われなくても分かってんだよ!…って、俺を置いてくんじゃねーよ!!」 グレンはカイルをほっといてそのまま先を進もうとしたその時だった。 2人は気づいた。 …何か、正体不明の何かがここにいる? その正体不明の何かをグレンとカイルには分かっていた。それは、戦えば死ぬという明確な危険信号。絶対的な絶望で満ちた魔力がこの近くにいた。 グレンとカイルは咄嗟に剣を握り直し、戦闘モードに入った。 「…誰だ!?この魔力からして只の魔導兵じゃねーな。」 珍しく焦っているのか表情を険しくするグレン。 すると目の前の地面から気味の悪い黒い渦が発生し、その中から黒いローブを着た男が現れた。 黒いローブを纏った男は高身長で、袖は肘あたりで千切れ、両腕共にに黒い包帯を巻いていた。 右手には自分の身長よりも大きくて長細い杖を持っている。 目の前にいるこの男は、グレンとカイルの方を見るとそこから動かずに口を開いた。 「フフフ…君達、こんな所で何してる?」 その男の声はとても優しく響き渡るが2人にはその男の魔力によって只々恐怖しか感じなかった。 するとグレンが冷や汗を流しながら口を開く。 「お前は何だ?何だ、この魔力…ありえねぇ。」 「フッ、逆に返すよ。君は何だ?何処から湧いたネズミなんだ?」 男は周りから大量の不気味な紫色のオーラを勢いよく発生させた。 その紫色のオーラは周囲に充満するとグレンとカイルは苦しそうな表情を浮かべた。 「…ぐっ!これは…」 「胃が…捻れそうだ…。」 2人はお腹を押さえるとその場に膝をついて崩れた。 「フフフ…苦しいか、苦しいだろう!?そのオーラは人間の極度のストレスを体現し、それを空気中に分散したもの。まあ、人間には有効なんだけどなぁ。」 紫色のオーラを放ちながらローブの男は口角を上げ歯が見えるくらい口元を緩めた。 そしてグレンの方に杖を向けると杖の先端から黒い球体が発生し、その場で魔力が溜められていく。 「ねぇ、これなら有効かな、紅の悪魔祓い?」 そう言った瞬間、杖の先端に溜め込まれた黒い球体は一気に巨大化し、そのままグレンの方へ勢いよく飛んだ。 飛ばされた黒い球体は更に巨大化すると周りの建物が黒い球体に飲み込まれていき、飲まれていった建物の部分が徐々に破壊されていく。 「やはり力には力。悪魔祓いにも力でねじ伏せれば文句無いね。」 その男は破壊されていく王宮を上空から眺めていた。 ズバァァァア!!! すると男の背後に空間の穴が開き、その中からグレンの刀とカイルの双剣が現れ男の体を斬りつけた。 2人が空間の穴から現れるとグレンが男にローブの男に対して口を開いた。 「お前は…何者だ?俺を初めて見たくせに何故名前を知ってる?お前こそ、何者だ?」 すると顔を真っ二つにされているにも関わらず、その男は馬鹿にした様に笑いながら喋った。 「フフフ…アハハハハハ!!!僕はネル・ナイトフォース。君と同じ、悪魔祓い(デビルブレイカー)だ!」 すると、ネル・ナイトフォースと名乗った男はその場から消えた。 消えた瞬間、破壊されていく王宮は元の形に戻りグレンとカイルは上空ではなく元いた場所に立っていた。 「どういう事だ?ここはさっきあいつが破壊した筈…それにあいつはどこだ?」 「フフフッ、君達は僕の作った幻にまんまと騙されたって事だよ?」 どこからかネルの声が聞こえてくるがどこにいるのか分からない。 すると、グレンとカイルから見た右の壁に変化が起きた。 空間魔法によるものか、壁のある場所が時計回りに捻れていくとその空間に穴が空いた。 その空いた真っ暗な空間の穴からネル・ナイトフォースが現れた。 「なっ!?こいつ、俺たちの剣を食らったのに…」 カイルは何事もなかった様に無傷の状態で現れたネル・ナイトフォースを見て目を大きく広げながら驚いた。 「フフフッ、君達ごときの攻撃なんて喰らう訳無いでしょ?こんなの、交わさなくても勝てるや。」 如何にもナルシスト感を出しているネル・ナイトフォース。 「馬鹿な事を言うな!騎士団団長の俺と悪魔祓い(グレン)の魔法が効かないだと!?ふざけるのも…」 「そんな事より、お前さっき交わさなくても勝てると言ったな?どういう訳だ?」 カイルが怒りながら話してる途中なのにそれを掻き消す様にグレンが割り込んだ。 カイルは驚きと怒りのあまり、口を広げてグレンを見つめる。 「どういうも何も、そのままの意味さ。君達じゃ僕にかすり傷1つつける事は出来ないって事さ。」 「あと、お前悪魔祓いとか言ってたな?お前もキュアリーハートの奴なのか?」 「……は?」 「悪魔祓いは10年前、キュアリーハートで起こった人間の悪魔化が何かの突然変異で生まれた存在。つまり、キュアリーハート以外の者が悪魔祓いなのはありえない。…どうなんだ?お前は、本当に悪魔祓いなのか?ネル ・ナイトフォース!」 核心に迫ろうとするグレン。 そして、ネル・ナイトフォースは口元を緩めると鼻でフッと笑ってその問いに対して答えた。 「フッ、そうだね。君の言う通り、キュアリーハートの者じゃない奴が悪魔祓いになるのは事例がないし普通はあり得ない。けど、この世にはそのあり得ない事を可能にする為、禁忌を犯してまで成し遂げようとする者もいる。例えば…」 「黒魔道士…とかね。」 黒魔道士。それは、冷酷で自分の事の為なら魔法界の掟さえも無視する魔道士。 それに加え、魔力量が高く時には神級魔道士をも凌駕すると言われている。 黒魔道士が発動する魔法というのは圧倒的ではあるが周囲に与える影響が強く、時には国ひとつ滅ぼす力も持っている為、存在してる時点で罪である。 2人の目の前にいる黒魔道士はフードを外すと紫色の肩まで伸びた綺麗な髪と切れ長の目と明るく光る紫色の瞳。それに加えた美形の素顔を見せた。 顔だけみると大人しそうな表情で犯罪なんて無縁の存在の様だ。 しかし、周りから発するその魔力は相手の心を捻り潰して来るかの様なストレス性の強いものだ。 グレンは目の前の黒魔道士、ネルの顔を見てこう聞いた。 「お前が黒魔道士だからと言っても、悪魔祓いになるには体に悪魔を宿さないと不可能だ。その悪魔はどこにいる?」 「知りたいの?」 ネルは一呼吸置いた。そして、ネルは包帯で巻かれた左の肘を曲げた状態で上げた。 「これを使えば、君達は死ぬかもしれない。それでも、いいんだね?」 まるで可哀想な人を見る様な目でグレンとカイルを見るネル。 そして、ネルが左の包帯を少しだけ解こうとした直後、その包帯の隙間から黒い魔力のオーラが充満した。 「何だ!?この魔力…周りが…歪む。」 その黒い魔力によってカイルの視界はまるで空間が歪むような幻覚が見える。 「僕の左腕には悪魔を宿してる。それは、その悪魔の力を自在に操る為にね。けど、そのせいで周囲に影響を与える力が強いから普段はこの黒魔術で作った包帯で力を抑えてるんだ。」 ネルは再び包帯を閉じると黒い魔力は放たれなくなり、周囲の幻覚は消えた。 そしてネルは2人の方へ杖を向けて言った。 「さあ、無駄話は終わりにしようよ。僕は早くハイドさんに言われた通り、君達を排除しなければならないんだ。」 するとグレンはハイドという単語に反応した。 「ハイド…お前、その男について何か…」 グレンが言ってる途中でネルは杖の先から作った強力な紫色の魔力弾を放ち、2人がいるところを破壊した。 「もうお喋りタイムは終わりだ。今から始まるのは、残酷な地獄の宴だよ。」 ネルはそう言って目の前に自分の肩幅と同じくらいの大きさの魔法陣を発動させた。 ネルが出した魔法陣から体長約3メートルくらいある巨大な鎧を纏った紫色の戦士が三体現れた。 「まずはお手並み拝見。この戦士三体倒せるかな?」 すると、その巨大な戦士は目に見えない速さでグレンとカイルに襲いかかった。 「…くそ!いきなり…って、うわっ!!」 一体の戦士がカイルに向かって剣を振りかざしてくると自身の双剣でそれを防ぐ。 そしてその鎧の戦士の腹を蹴ら飛ばしてふらついた瞬間、カイルはしゃがんで双剣を横に振り戦士の腹と両足首を斬り裂いた。 両足首を斬られた事によって戦士は体制が崩れ、上半身が下に落ち、そこでカイルは連続で戦士の上半身を斬りまくった。 しかし、斬られまくって下半身だけになって倒れた戦士は再び立ち上がると、上半身の部分が再生され再び元の姿に戻った。 「なっ!?何だ、これは!斬っても再生し…!?」 そして再びその戦士は何事も無かったかの様に襲い掛かってくる。 一方、グレンは二体の戦士を相手にしていた。 一体の戦士がグレンに斬りかかると交わして黒炎を纏った拳で顔を殴り、もう一体も交わすと戦士の片腕を持ち、一本背負いを決めて倒れた状態の戦士の腹を同じ拳で殴った。 しかし、黒炎で殴った二体の戦士はすぐに再生し、付いた火は消えると再び剣を振りかざして襲ってくる。 グレンは何もないところから空間魔法で刀を出すとそれを持って襲ってきた二本の剣に対抗した。 二本の剣を受け止めるとそれを強く弾き返し、体制を低くした状態で右振りの構えを取る。 「纏めて消滅しろ。」 そして、刀を右に振るとそこから黒炎を纏った巨大な斬撃が紫色の戦士の腹を斬り裂いた。 しかし、二体の戦士は再び体を再生させてグレンに襲いかかってきた。 「何だ、これは。」 「フフフフフ。それは絶対に死ぬ事のない魔力を込めて作った人形。君達はどうやって抗う?」 ネルは2人の戦いを見て楽しんでいるのか口角を上げ、目はニヤついていた。 そしてしばらく攻撃を交わしたり反撃したりする2人は次第に戦士の振りかざした剣に擦り始めた。 「ッチ!キリがねえな!」 グレンは攻撃しても死ぬ事のない戦士にイラつき始めていた。 「フフッ、遅いですねぇ。いつまで掛かってる?そんな人形にいつまで時間が掛かってるのやら。僕なら1秒あれば簡単に倒せる。」 ネルは2人がイラついてるのを感じ、更に煽る。 「黙れ!テメェ、嘘つくんじゃ…」 「どけ!」 グレンはカイルを押しのけると灰色の魔法陣を手の平から発動すると、目の前にマンホールの様な丸い穴が開いた。 「消えないなら、閉じ込める!」 丸い穴はまるで掃除機の様に三体の戦士を吸い込んでいった。 三体を吸い込むと穴はすぐに塞がり、グレンが手の平を閉じると灰色の魔法陣は消えた。 「そうか!閉じ込めたら良かったのか。…どうだ!」 カイルはネルの方を向くがネルは何やら懐中時計を手に持って見ていた。 「ふーん。あの三体倒すまで5分10秒。…成る程、知能レベルは悪魔祓いが10の5でそこのチビは10の1ってとこだね。」 呆れた様に懐中時計を見ながら溜息を吐くネル。 「何だと!誰がチビだ!」 「そこじゃねーだろ、チビは黙ってろ。言ってくれるじゃねえか?」 「本当の事を言ったまでです。あんな簡単な人形を倒さない様じゃ、僕を倒すなんて夢物語にも程がある。」 「チ…チビ…チビ…だと?」 あまりにもチビ扱いされるカイルは手に持っている剣を強く握りしめ、2人を物凄い形相で見つめながらブツブツと言っていた。 「しかし、君たち2人の力は凄い。これだけは評価を高めに見るしか無いですね。けど、この世は力だけではどうにもならないって事を教えなければなりませんね?」 ネルは杖を地面にコツッと当てると2人の周囲から複数の魔法陣が展開された。 そして、複数の魔法陣から紫色のレーザーが四方八方から発射された。 「ぐあぁぁ!!」 カイルは影を纏って発射されたレーザーを防ごうとしたがレーザーの威力が強いあまり影は破れモロに受けてしまう。 レーザーを受けたカイルは全身血だらけになり、何とか倒れない様に踏ん張っていた。 「おやおや、そのレーザーを喰らって死ななかったのは君が初めてだ。さて、あの悪魔祓いはどこへ行った?死んだ…」 ズバァァアア!! すると背後から一瞬で現れたグレンに胴体を真っ二つに斬られた。 「死んだのは、お前だよ。」 胴体を分けられても表情を全く変えないネル。 すると、分かれた部分から黒い霧が発生しネルの体はそのまま黒い霧に拡散した。 「おい、ダメ団長!くたばってんじゃねえよ。」 「誰がダメ団長だ!ふんっ!…ふぅ…」 カイルは体を引き締めると先程負った傷が一瞬で消えた。 すると、目の前にある黒い霧の中から右手で左腕に巻かれた包帯に手に持っている状態のネルが霧の中から現れた。 「フフフ…凄い、凄いよ紅の悪魔祓い!僕が仕掛けた幻を2度も打ち破るなんて…けど、もう終わりだよ。」 ネルは左腕に巻かれた包帯を右手でスルスルと解いていくと中から黒く変色したネルの腕が露わになった。 そして、その腕からとてつもない量の黒い霧が辺りに発生した。 「ー苦痛と安寧の輪廻。この世に一筋の光をも許さない永久の闇。」 黒い霧はネルの詠唱と共に周囲を飲み込んでいき、グレンとカイルも黒い霧に巻き込まれそうになった。 「なっ!この霧は…まずい!早く吹き飛ばさないと…」 「無駄だよ。僕の左腕を解放した時に発生する霧は誰も止めることが出来ない。…さあ、飲まれろ!暗い暗い、絶望の淵へと飲まれろ!」 グレンとカイルは剣や魔法を使って霧を消そうとするが霧は気体である為、2人は抵抗むなしく黒い霧に飲まれ、姿が見えなくなった。 「ちくしょー!!!…エ…ミル…」 「くっ、くそ…こ…ん…な」 2人はそのまま黒い霧に飲まれていくと次第に意識が遠のいていった。 気がつくとそこは真っ暗な空間が辺り一面広がっていた。 黒髪の男、カイルはその空間で目を覚まし起き上がると辺りを確認した。 「何だ…ここは?確かさっき俺はあの男に黒い霧で、気がついたらここに…」 カイルは一生懸命思い出そうとしているその時、背後に気配を感じた。 後ろを振り返るとそこにはどういう訳か幼い頃のエミルが下を向きながら立っていた。 「エミル…エミルー!!!」 カイルは思いっきり声を出して呼びかけるがエミルは反応しない。 すると、暗かった辺りの空間に変化が起きた。 変化が起きるとそこには青い空に緑の高原、周りに生い茂る草木が辺りに形作られた。 エミルはその木の後ろに隠れた状態の位置に何かを見つめた状態でいた。 見つめている先には幼い頃の自分とハンジが2人で座っていた。 あれは確か、エミルがイフリークを出てから2週間後の光景だな。 ハンジは確か10年前に親を殺されたんだっけ? その時に俺はハンジの心を少しでも癒せたらと思っていつもの広場で話をした。 気になるのは木に隠れているエミルだ。 何故、エミルは隠れて俺たちを見ているんだ? 仮にこれが過去の事だとしても、何故エミルは俺とハンジの目の前に現れなかったんだ? 第三者として見ていた現代のカイルは不思議に思う。 過去の俺とハンジはエミルが隠れている事に全く気づいていない。 その意味が次の瞬間に全て理解した。 ハンジはカイルに抱きついたのだ。 勿論、この時の2人にそういった恋愛感情などは無い。 親を殺された辛い気持ちを抑えきれずに泣き出したハンジに俺の胸を貸しただけのつもりだった。 そのつもりだった。 しかし、その時隠れていたエミルは呆然とその光景を見つつ、両目から一筋の涙を流しながらその場を走り去ってしまう。 「え、どうしたんだ?…急にエミルが走って…」 裏切ったな 「………え?」 突然、カイルの頭の中でエミルの声がした。 そして、気づくと目の前にはさっきまで木の後ろに隠れていた昔のエミルがいた。 「私を裏切った…。私は…カイルの事が好きだったのに…あんたは裏切った…私を裏切った!!」 「エミル…そんなわけ無いだろ!!俺が好きなのはお前しか…」 しかし、エミルはカイルの話を聞かずそのまま喋り続けた。 「私は…転校する前に手紙も書いて気持ちを伝えたのに…あんたは何も感じなかったのね…」 「違う!俺は…あの時のハンジが辛そうだったから!…別に恋愛として抱きしめたんじゃ…」 「けど、私が傷ついたって事には変わらない…ごめんね、こんな重い女で。カイル疲れるわよね?」 エミルはそのままカイルに背を向けた状態で顔だけカイルの方へ向けて言った。 「さようなら…」 両目から涙を流し、エミルは背を向けたまま歩いて去ろうとする。 「エミル!待って!!待ってくれ!!」 カイルは必死にエミルを追いかけるがエミルはそのまま闇に消えてしまう。 そして腕を地面につけてそのまま俯いた。 「俺が…俺が、間違ってたのか?あの時の俺の行動のせいで…エミルは8年間、ずっと苦しんでたのか?俺は…どうしたら良かったんだ!?」 今まで自分が正しいと思ってやってきた事を全て否定された時、人は立ち直れないくらい絶望する。 カイルの今の心境はまさにそれそのものだった。 俺があの時、ハンジを抱きしめる時に…どうして気付かなかったんだ…。 俺が逆の立場だったら、きっとあの時のエミルの様に悲しみ、嫉妬するだろう。 そして、何も信じられなくなると思う。 あいつが盗賊になったのも、レヴィアタンに憑依されていたのも、全部俺のせいだ。 俺のせい…だから、エミルは涙を流してたんだ! こんな奴(俺)、居なくなればいいんだ!!誰か、殺してくれ!! カイルは首元を持つとそのまま強く締め付けようとした。 「マテ、ハヤマルナ。」 すると何処からか野太く響く声が辺りに響いた。 「誰だ!…いや、誰だろうと関係ない…いっそ俺なんか死んだほうがいいんだよ!!」 カイルは返事をするが首元を掴んだ手を離さず、再び首を締め付けようとする。 「オマエガシンデ、ドースル?ソンナノ、ヨクナイコトダ。」 「うるさい!そもそもお前は何なんだ!?姿くらい見せたらどうなんだ!!」 「オレハ、オマエノナカ。デラレナイ。オマエガシンダラオレ、シヌ。」 「はっきり喋れ、鬱陶しい!今はお前なんかどうなったっていいんだよ!」 カイルは何もない暗闇に向かって声を荒げる。 「ジャア…シヌンダッタラ。…オマエ、クッテイイカ?」 すると声の主は突然緩み、不気味さが増した。 「なっ?」 「オレハ、シニタクナイ。オマエクッタラ、オレシナナイ。ドウダ?シヌンダッタラクッテモイイカ?」 「…何言ってんのか分かんねえけど、そうしたいなら勝手にしやがれ。俺は…生きるのに疲れたよ。どうせ俺はイフリークや国民、騎士団、そしてエミルとハンジ。守ってあげる事が出来なかったクズだ。殺すならさっさとしろ…もう、疲れたから。」 「ワカッタ…イタダキマス」 ジャルリという唾液の音が聞こえると声は聞こえなくなった。 そして、カイルの体に異変が起こった。 「!!…ぐっ、グアァァア!!!」 カイルの目は突然意図せずに赤くなり、両手の皮膚が黒く腕に向かって侵食していく。 まるで、腕から食べられている様な感覚だった。 このままじゃ、食われてしまいそうだ…もう、意識が… 「あんたって、すぐ諦めるよね?」 意識が朦朧としている中、あの時エミルに言われた事が頭の中に伝わる。 「…え、エミル…」 もうすでに首元まで黒く侵食している。 しかし、カイルはそこから思い出す。 子供の時に、身分のせいで友達が出来ず孤立していた自分に初めて声を掛けてくれたのはエミルだ。 カイルの頭の中に1人で座り込んでいる俺に笑顔で手を差し伸べてくれるエミルが思い出される。 あいつのあの笑顔があったからこそ、あいつは俺の初めての友達で、初恋の相手でもあった。 そして、目指すべき目標でもある! それは今でも、何も変わらない… こんな所で、何やってんだ! 何諦めてるんだよ、俺は! あの時からまるで進歩してない…しっかりしろ、カイル・エリオン! 諦めて自分を信じなくなったら、これから誰も信じられなくなるだろ! 失敗を恐れるな!自分を信じろ! 迷いがあるならこの2本の剣で断ち切ればいい! 俺にはそれが出来るだけの力はあるんだ! もう、俺は何も怖くない! 俺を必要としてくれる奴がいるなら、俺はこれからも生きなければならない。 すると辺りが急に明るくなると同時にカイルの体から白い光が放たれ、侵食していた黒い部分が徐々に剥がれ落ちていく。 「ありがとう、エミル。また助けてもらったな。」 場面が変わり、同じく最初のカイルがいた暗闇の世界にグレンが倒れていた。 「…あの騎士団のチビがいないな。どうやら、ここは俺しか居ないみたいだ。」 辺りを見渡すが辺り一帯、暗闇に覆われ何も見えない。 グレンはここが何処なのか確かめる為に、少しだけ歩いてみるが何処まで歩いても景色は変わらない。 「…苦痛と安寧の輪廻?…永久の闇…。どうやらここはあの黒魔道士が作り出した俺の心の闇だな。」 ネルの詠唱から推理するグレン。 「苦痛と安寧というのがよく分からないが、俺にとっての苦痛が永遠に与え続けられるって事か。…まぁ、そんな事はどうだっていい。俺が今更心の闇に負けるわけ…」 「あ…あれは…」 グレンは目の前に映った光景に衝撃を受けた。 それは、かつてグレンが今までの中で1番人間らしかった悪魔祓い(デビルブレイカー)になる前の小さなグレンだった。一方、カイルとエミルは他の八握剣(やつかのつるぎ)のメンバーと合流する為に移動を続けていた。そしてようやく辿り着いた時、目の前の光景を見て驚愕した。そこには。「え、何で?…何で、ゴウシさん達が…。クロツチさんまで!」「スイゲツさん!ルキアさん!ヒナタさん!」何と、先程まで特攻部隊を圧倒していた筈のしかも八握剣である5人が血を吐いて倒れていたのであった。何があったのか?それは、数分前に遡る。特攻部隊を倒し、次の地点へと移動を開始していた5人。5人はある1人の少女を見つけた。濃いピンクの髪を2つに括り、右目には白い眼帯を付けている少女。少し気が病んでそうな見た目をしていた。一見すると戦いには無縁そうな感じであったが、北の大国の象徴である純白の軍服を身に纏っていたが、女性の為か下は白いスカートになっていた。間違いなく、ウンディーネ軍の先行部隊。「ゴウシさん。ここは俺がやるよ。」そう言ってスイゲツは自身の刀を鞘から抜き、目の前の少女の方へと歩いていく。少女は何故か地面にへたり込んでおり、ビクビクと震えていた。「ヒィィ!ごめんなさい!ごめんなさい!」少女は怯えながらひたすらに謝り続ける。「え?」「私、もう戦えません。戦いが怖くて逃げてきたのです。…ですから私を、襲わないで下さい!」左目から涙を流しながら懇願する少女。足元には自分の武器らしい、白くて細長いレイピアが置かれている。「そう言われても、あんた敵だからな。」「そうですよね。私の言う事なんて、誰も信じないですよね?」すると少女は足元に置いていたレイピアを取り出した。それに気付いたスイゲツは刀を構えるも、少女の行動を見て立ち止まる。少女は手に持ったレイピアの先端を自分の首元に向けていた。「分かりました。私の事が信用出来ないと言うのであれば今ここで、死んで見せます!」「お、おい!やめろ!何も自分からそんな事する必要なんて…」スイゲツは自殺しようとする少女を止めようとするも、少女は笑顔で。「ううん、良いんです。それで私の疑いが晴れるのなら。」「さようなら。」そして少女は自分の喉元に向けたレイピアをそのまま強く刺した。ザシュッ!!「…ゴフッ!」血を吐いてその場に倒れたのは、スイゲツであった。「通りすがりの、剣士さん。」少女は自分の喉元を刺したまま、倒れた
瞬く間に特攻部隊は部隊長であるボルケニアと副部隊長であるガロウが倒された。特攻部隊の副部隊長は残り2人。その内の1人が報告を聞いて驚いていた。「何だと!ボルケニア部隊長とガロウがやられたと!?」「はい!やったのは八握剣(やつかのつるぎ)の奴らです!その他にも多数の死者が!」「奴らめ!バラけて動くのでは無く、纏って各個撃破を狙ってるのか?…だが、戦場で戦力を分散させないのは逆に言えば守りが手薄になってるという事。」「皆の者!このままノーム王が居る城に向かう!八握剣以外の侍は大した事は無いから、狙うなら今だ!」「「ハッ!!」」2人目の副部隊長であるエンジュは部下の軍人に向けて命令を下すと、それにより部下達の士気が上がり走り出す。手薄になった防御網を突破するのは今の内だと言わんばかりに。しかし、その考えは大誤算であった。北の大国は東の大国の戦力を八握剣(やつかのつるぎ)と裏切ったネルだけだと思っており、それ以外の戦力については考えていなかった。当然、カイル達が居る事なんて想像すらしていなかった。突撃していた部下達。すると突然、バタバタと部下達が倒れていった。「な、何事だ!?」副部隊長のエンジュは目の前で突如倒れ出した部下達を見て言った。「エンジュ副部隊長!前方に2人の影が見えます!」「何!?」目で確認すると部下が言った様に、そこには2人の人影が見えた。1人は身長が低いが2本の黒い刀を持った黒髪の男。もう1人は黒いタンクトップとショートパンツを履いた水色髪の女性であった。そう、カイルとエミル。2人は一緒に行動しており、先ほど部下達が急に倒れたのはカイルの影の円展開で、影に入った部下達を斬ったからだ。エンジュは目の前のカイルの服装を見て気付いた。「そのマントと黒い服。間違いない、お前はイフリークの騎士団団長!カイル・エリオン!」「何故イフリークの騎士団が東の大国側に!?」全く想定していない状況に理解が追いつかないエンジュ。それに対してカイルは答えた。「この戦争でこの国の被害を減らす為だよ。」「悪いけど、君達をノーム王の所へは行かせない!」そう言ってカイルは2本の黒い刀である暗影蛇と黒纏蛇を構えた。「お前ら!撃て!撃てぇ!!」エンジュは部下に発砲命令を下し、即座に部下達は銃でカイルとエミル達を撃ち始める。しかし、
魔導砲・アステリアにより、火の海と化したノームの街。大都会の象徴であった何十階もある建物はその威力によって高い部分は消失した。燃えた瓦礫が辺りに散らばった地面は、平和な国から地獄の戦場へと一気に変えられる。上空の魔導戦艦はその変わり果てたノームを見下す様に宙に浮いていた。そして魔導戦艦から放たれた無数の戦闘機は地上に向かって急下降し、機関銃の様な物を地上に撃ち放つ。ズドドドドドドド!!!!機関銃の様な物から放たれるのは1発1発が魔力の籠ったエネルギー弾であり、地上に撃ち込まれた部分からは爆発が連鎖的に起きる。徹底的にこのノームを潰そうとしているのが分かる。小国など武力の低い国はこの攻撃で大半が機能不全に陥るだろう。しかし、この東の大国ノームは違う。魔力で動かす機械や医療など、他国よりも繊細な技術面が発展している先進国である。当然、軍事に関する機械も最先端の技術が搭載されているのだ。東の大国には風狼機巧工房(ふうろうきこうこうぼう)と呼ばれる、飛行艇や四輪駆動車を製造する機巧工房が存在する。(第31話参照)性能重視で機械が造られている東の大国が誇る技術の叡智(えいち)がこの場所に保管されている。その機巧工房から東の大国が造り出した戦闘機が上空へ飛び立ち、北の大国の戦闘機へ向かって行く。北の大国の戦闘機が100機を超える戦闘機に対し、東の大国側の戦闘機は40機程度。圧倒的に戦力の差は北の大国が上である。しかし、それはあくまで戦力差の話。最新の技術を搭載された戦闘機はその戦力差すらものともしなかった。東の大国の戦闘機はステルス機能が搭載されており、その機能によって戦闘機は透明化する事が可能。それにより、視覚的に見えなくなったところで東の大国側の戦闘機が反撃を開始する。エネルギー弾も北の大国の戦闘機とは違い自動(オート)で狙いを定める為、どれだけ戦闘機を速く操縦してても狙いがブレる事は無い。透明化した状態のまま自動で相手の狙いを確実に定め、一方的に攻撃を仕掛ける事で数の戦力差を埋める。これが、技術力の高い東の大国の戦闘機の力。数の量産は難しくも、その機能性は北の大国の戦闘機を遥かに上回っていた。視覚的に確認出来ず、例え戦闘機に乗った操縦士の魔力を感知したところで、気付いた時には既に撃ち落とされてしまうのだ。そして全ての北
一方、魔導戦艦を撃破した東の大国側は更なる北の大国の攻撃に備えて避難誘導が行われていた。次も都市部を襲撃してくるであろう北の大国の動向を予想し、国民達は総面積20㎢あるノーム王の城の城壁内へと誘導される。勿論全員を城壁内に誘導は出来ない。そこでグロードやネルが持つ空間移動の力で、子供を優先して他国へ転移させる事にした。行き先は西の大国イフリークと南の大国シルフ。両国は復興作業が順調に進んでおり、既に避難の受け入れが整っている状態であった。カイルはイフリークの騎士団に。そしてシルフの王の証を継承したフィナは大国に連絡した事によりスムーズに避難誘導が行えている。そしてカイルの両親と妹のレイアはグロードに空間転移でイフリークに転移させられる予定であった。「父上、母上。レイア。戦争が終わったら必ず迎えに行くから。」「うむ。カイル、無事を祈る…。」「カイル…絶対に生きて帰って来てね。」小さく返事するカイルの父親であるが、やはり心配なのか表情は暗かった。母親のカルラはやはり心配であり、涙を流しながら言った。そしてレイアはカイルに抱きついた。「…お兄ちゃん」強く抱きしめるレイアはカイルの胸に顔を埋める。「…大丈夫。大丈夫だから。」そんなレイアに優しく頭を撫でながらそう言うと、レイアはゆっくりとカイルから離れた。そして視線を後ろに居るミーナ、エミル、ライク、ニケルに向ける。「ミーナちゃん。エミルお姉ちゃん。」まずはミーナとエミルに向かって言う。「レイアちゃん。…また戻ったら一緒にお話ししよ!」両手を膝に付き、少ししゃがんだ姿勢のまま笑顔で言うミーナ。「そうね。レイアちゃんも、気をつけるのよ。」レイアの頭をポンポンと撫でてあげるエミル。「うん!またいっぱいお話ししよ!」そして今度はライクに向けて言った。「ライクお兄ちゃん!無茶な事は絶対にしないでね!」「…無茶な事しねーと勝てねえんだよ。」相変わらず、レイアに対してもぶっきらぼうに返事するライクであるがその返事に泣きそうになりながら。「だって、ライクお兄ちゃん1人で突撃して行きそうで怖いんだもん!」「わ、悪かった!ちゃんと気を付けるって!」泣きそうになるレイアを慌てて宥めるライク。そして最後にニケルに向いた。「ニケル様…。」「レイアちゃん…。」レイアとニケルはし
他国への軍事侵攻と併合を繰り返すことで領土を拡大している巨大な大国。ここは北の大国ウンディーネ。魔力資源と軍事拡張を国家存続の核とする極端な軍事国家であり、その統治思想は「戦果こそが存在価値」という歪んだ成果主義で統一されている。戦争で功績を挙げた者は地位・富・名誉を得る権利が与えられ、失敗者や非戦闘員には価値がほぼ与えられない。戦争で功績を挙げられなくとも、国家の軍事力拡大に繋がる軍資金を納めれば国から認められる。この仕組みを国民達に徹底させる為、この国では目に見える形で国民を上級、中級、下級という風に位置付け差別化した。どういう事か?その位置付けは国民の居住地域で分けられた。上級は名前の通り、貴族や戦争功労者など富裕層を指す。中級の国民は主に庶民の人達であるが、この者達は努力次第では軍に入隊し功績を上げる事で上級へと位を上げる事が出来る。そして下級は名前の通り、国の中でも最下層の人間の事を指す。大抵の下級国民が暮らす場所は政府の目に届かない場所に位置している為、治安が悪く劣悪な環境。ここには国に対する反逆行為を行った者、犯罪を行った者、北の大国の軍事侵攻により領土を奪われたその土地の人達が住んでいた。以前ライクとニケル、グロードが北の大国に訪れた際に出会った孤児の兄弟も下級国民であった。(第24話参照)下級国民は全てにおいて最底辺であり、人権というものは殆ど存在しない。これは領土を奪った他国の人間が自国に対して反撃しない為の抑止力にもなるが、それだけでは無い。先程説明した様に中級国民も犯罪や反逆行為を行う事で下級国民に成り下がる可能性があり、国民はそれを恐れていた。ーーこんな底辺の人間にはなりたく無い。こうして劣悪な環境の中で過ごす最底辺に自分もなる可能性がある事を知らしめる。それにより、国民全員に危機感を持たせながら国の為に必死で働かせられるのだ。また、人間とは自分より下を見て優越感に浸る生き物。自分達よりも底辺の人間が居る事により優越感に浸らせれば、国民のストレスの捌け口は自然と下級国民へと移る。この「働き蟻の法則」にも似た様な差別化の仕組みが、北の大国という巨大な軍事国家を成り立たせていた。「軍事の為に働かざる者、人としての権利を得るべからず。」北の大国にはその様な言葉が昔からあった。この国民の差別化。一見
魔導戦艦。それは北の大国が保有する、空中を駆ける全長200m、全幅80m、全高75mを誇る巨大飛行戦艦である。戦艦の全方位には大量の巨大な大砲が敷き詰められてある。それら全て、[魔導砲・アステリア]と呼ばれる以前グレンが魔導兵器であるレイクと戦った時に使用されていた大砲が搭載されている。(第36話参照)軍事大国である北の大国ウンディーネ軍の技術開発局が開発したこの戦艦。実は東の大国ノームにとって因縁のある存在であった。「魔導戦艦。我ら東の大国の技術を盗んでそれを軍事転用した巨大飛行戦艦か。」バンジョウの言う通り、この魔導戦艦は約100年前に東の大国が開発した魔力式四輪駆動車の技術を改良されて作られた。100年前、東の大国ノームにやってきた北の大国ウンディーネ出身の亡命者が居た。ウンディーネは諸国周辺の国に戦争を仕掛けては勝利して自国の領土を拡大していく軍事国家であり、戦争は絶対正義であるかの様に指導される。戦争、又は軍事に反対的な意見を持つ人間は処罰の対象となる為、それが嫌で亡命する北の大国の人間は当時珍しく無かった。ノームはそのウンディーネからやってきた亡命者に仕事を与え、彼は元々軍の整備士の仕事をしていた為、機械的な物を作る仕事を与えた。しかし、これは大きな間違いに繋がるのであった。数年後、その亡命者は突如ノームから居なくなり、その数年後にウンディーネ軍がノームに対して戦争を仕掛けてきた。当時ウンディーネの魔導戦艦が、ノームで作られていた魔力式四輪駆動車と全く同じ技術を使用して作られていた為、それに気付いたノームの国民は怒った。ーー亡命してきたあの男は、我々の技術を盗む為のウンディーネ軍が遣わせたスパイだったのだと。そして100年前、この事がきっかけで北と東の大国は規模は小さいが戦争に発展しており、戦争が終結してからその後4大国間同士で不可侵条約は結ばれているが未だ北と東の関係性は悪いままである。(第16話参照)今までは嫌がらせの様な北の大国のミサイルを東の大国近辺に放っていたが、今回の様な魔導戦艦で領空に入ってきた事は一度も無かった。明らかな領空侵犯(りょうくうしんぱん)であり、東の大国ノームに対する威圧行為だ。到底許される事では無い。「このままでは国民が危険だ!一刻も早く迎え撃つ準備を!」ギンジは八握剣(やつかのつるぎ)
これは愛を知らずに育ってきた男の話。彼はこれまでの人生の中で物心ついた頃から愛という物に触れる事なく生きてきた。ネル・ナイトフォース。彼は5歳まで北の大国の中心都市部にある貴族の家で奴隷として過ごしてきた。物心付く前から奴隷として仕えていたが、そこでは人権というものが存在しなかった。「おい、ゴミ!さっさとこの食器片付けろよ!」その屋敷の主である中年男は仕える奴隷に向けて済んだ食器を片付ける様に命令した。「…はい。」命令を受けて出てきたのは当時4歳のネル・ナイトフォースだった。彼は肌着同然の薄い半袖の服にヨレヨレのズボンを履いていた見窄(みすぼ)らしい少年だった。身体を洗わせ
この世界には悪魔がいました。 悪魔は夜にしか活動出来ないが生まれつき力が強く、人の心臓または目を好んで毎晩人を襲いました。 そんなある日1人の男が悪魔をこらしめました。 その男はこの国の王子様…否 この世で一番、悪魔に近くそして心無い男だった。 「…!はぁ…はぁ……何、今の夢。」 確か小さい頃読んでた絵本の内容だったけどすごく怖かったような… 「おはよぅ…」 「おはようミーナ。もう体大丈夫なの?」 「体?そういえば私、気絶してしまったんだね。全然覚えてないな」 昨日玄関前で気絶してからミーナの母親はミーナを家の中まで運びベットに寝かせたのだった。 一
10年後、人々は悲劇の国キュアリーハートをこう呼んだ。 赤い地獄(レッドヘル)と。 今では化け物が住処としているらしく人間の立ち入りを禁止した。 化け物は人間の心臓と目が好きらしくそれを取って食べるので人は化け物の事をまるで悪魔のようだと言う。 そして人間の心臓を求めて他の国へ移動する悪魔もいる。 しかしこの世にはそんな悪魔に対抗する力があり、それを人々はこう呼んだ。 ー悪魔祓い(デビルブレイカー)と。 「ねぇ、聞いた?隣の国でまた悪魔の被害があったらしいわよ?」 「またなの?もう何度目なの?」 「ほんと、いい加減やめてほしいよねー。どうせ悪魔なんて噂話でし
「ハァ……ハァ……。くそっ……!」 肺が焼ける。喉が血の味でひりつく。 少年は石畳に膝をつきかけ、歯を食いしばって体を起こした。 脚が、動かない。 抉られたふくらはぎから熱いものが流れ落ち、足を引きずるたびに肉が裂ける感覚がした。 ――空が、赤い。 夜空に浮かぶ月が、あり得ないほど真っ赤に染まっている。 その光に照らされた街は、血の匂いと焦げた臭いで満ちていた。 昨日まで、ここは平和だった。 魔法と品物にあふれ、誰もが当たり前のように笑って暮らしていた国――キュアリーハート。 なのに、深夜零時。 赤い月光が国を覆い尽くした瞬間、世界がひっくり返った。 家々から悲鳴が上が







