LOGIN「月の民殲滅は確かにシルフの国王が提案し、様々な国の魔道士達を招集させて殲滅していく、というのが一般的に知られている事です。」
「はい、俺もそういう風に聞きました。」 「でも本当は違うの。シルフの国王は元々平和主義を心掛けていた心の優しい人で当時も月の民殲滅には反対していたのです。けど、あの男が来てからシルフの国王は変わりました。」 「それは、さっき言っていた思考を操る魔法か?」 フィナの口ぶりで何を言いたいのか察したグレンが口を挟んだ。 「はい。12年前に突然やって来たハイド・スペクターが原因だと思います。彼は何故なのか分かりませんが会った当初から国王に気に入られ、その日に王の特権で宰相になったのです。」 このシルフは民主主義ではなく、どちらかと言えば絶対王政が強い国で法律の改正や政治に関わる事以外なら大抵の事を決めれる事が許されていた。 「その日からです、国王が可笑しくなったのは。国民の取り立ての期日に遅れた者に罰を与えたり、自分の意見に少しでも反論すれば牢に入れ拷問、酷い時はその場で射殺とかもありました。」 「…まるで別の人格に乗っ取られたみたいに国王は豹変してしまいました。そして、ハイドが宰相になってから1ヶ月後に国王は月の民の殲滅を発表したのです。」 「さっき言ってた国王の特権か?それで誰も反論出来ずに殲滅が始まった訳か。」 「ええ、そうよ。反論した者もいましたが問答無用で殺されます。そして殲滅はまもなくして始まりました。私も当時その殲滅に参加させられていました…」 そこから話すのは余程辛い事なのか、テーブルに置いたフィナの握りこぶしはプルプルと震えていた。 「フィナさん…。」 「大丈夫よ。…殲滅は誰もが嫌だったはず。国を守る為に存在する魔道兵や騎士団、それぞれの魔道士達の誰もがその場から逃げ出したかった筈。1人を除いては…」 「その1人と言うのはハイドか?」 「いいえ、あの時ハイドは殲滅には参加していなかったけど代わりにある魔道士を派遣させたの。そいつの名は、ネル・ナイトフォース。殺す事に躊躇しない冷酷な性格に加え人にとって危険となる魔法を使う黒魔道士よ。」 ネル・ナイトフォース。 その男の名前を聞いた時、カイルは顔色を一瞬にして変えた。 その男は、この世の魔法界にいるものなら少なからず一回は名前を聞くと言っても過言ではない。 しかも騎士団を統べる騎士団長のカイルが知らないはずがなく、慌ててフィナに聞いた。 「ネル・ナイトフォース!?あの超一級の黒魔道士も戦争に加担してたんですか?」 「そうよ。」 すると先程黙っていたグレンが2人の会話に口を挟んだ。 「そんな事は俺にはどうでもいい。俺が気になるのはそのハイドって奴がその殲滅中に何をしていたかだ。」 「何をしていたかというのは?」 「どうもその月の民の殲滅はただ月の民の存在を消す為に行われたのとは考えにくい。まだ俺にも分からんが、別の計画を実行しようとしてたんじゃないのか?」 どうなんだと言いたげな目でフィナを見るとフィナはコクっと頷いた。 「ええ、ハイドが殲滅の時に何か別の計画を実行していたのは事実の筈よ。それが分かったのは殲滅が終わった4年後…つまり、今から8年前に。」 フィナはそのまま続けて言った。 「8年前…私たち魔導兵、騎士団は何も分かっていなかった…。あの日突然に起こったあの悲劇は絶対に忘れない!」 「何だ?言うか言わないのかハッキリしろ。」 「おい!テメェ、フィナさんの気持ちをちょっとは考えろ!」 するとフィナは涙をすすりながらふるふる震え、ゆっくりと言った。 「許せない…許せない!…あいつだけは…あいつだけはどうしても許せない!」 フィナの頭の中で不敵な笑みを浮かべたネル・ナイトフォースの姿が現れる。 その事を思い出すだけでフィナの拳は机の上で力強く押し付けられ、バグーラ団長や他の団員達もフィナのその姿を見て悲しそうに下を向いた。 そんな空気の中グレンはその雰囲気を無視するかの様に切り出した。 「…で、そんな事より俺たちはどうすればいい?何か要件があるからここに連れて来たんだろ?」 「貴様ッ…そんな事だと!俺たちの悲劇を…」 団員の1人がグレンに突っかかろうとするがフィナはそれを制止させる為に腕を横に上げた。 「簡単に言うわ。あなた達には、シルフ王がいる王宮に忍び込んで欲しい。そして、ハイドの陰謀を暴いて欲しいの。」 「断る。俺がそれをやる理由がない。」 グレンはあっさりとその申し出を断った。 「俺はやります!今の話を聞いて黙っていられるわけがないですから!」 「ありがとう、カイルさん。…あなたはどうしてもダメなんですか?」 「俺はこの国で調べたい事がある。お前らの国の事情など知らん。」 するとバグーラ団長がそれに対して口を開いた。 「君の言ってる手掛かり…もしかするとハイドはその手掛かりについて知ってるかもしれん。」 「何を言ってる、爺さん?そんな事で俺があんたらの依頼を受けるわけ…」 馬鹿にした口調でバグーラ団長にあっさり返答しようとするグレン。だが、次のバグーラ団長の言葉で目の色が変わった。 「夜に輝く赤い月、豹変する国民の人々、これはキュアリーハートで起こった10年前の事件がこの国でも起こったんだ。この意味が分かるか?」 「…おい、爺さん。それは本当か?」 真剣な眼差しでバグーラ団長を見つめるグレン。それに対してバグーラ団長も同じ様な目で何も言わず頷いた。 「どう?これでこの依頼を受ける気になった?」 「…ああ、良いだろう。」 目的を見つけたグレンは今度はフィナの申し出を受け入れた。 それから2人は早速王宮に向かう準備に取り掛かり始めるとフィナから最後の言葉を受け取った。 「あとごめんなさい、言い忘れていた事を言うわ。」 そしてフィナは最後の言葉を口にする。 「ネル・ナイトフォース…こいつに出会っても絶対に戦わないで下さい。戦えば確実にあなた達2人は死ぬわ。どうか無事に戻って来て下さい。」 「はい、フィナさんありがとうございます。それでは…」 それだけを言い残し、2人はそのまま扉を開けて王宮に向かった。 するとバグーラ団長は他の残された騎士団の団員達に聞こえない声でフィナの耳元に言った。 「良いのか?今王宮に向かった所であやつらに勝算などないぞ?それにフィナ様よ、まさかとは思うが…」 「仕方がないの…あの人達がハイドに勝てるとは初めから思ってません。ただ、あの人達ならハイドの魔法を引き出せる可能性があります。」 「お前さん、まさかとは思うがまだあの事を…」 フィナは一瞬苦い表情になったがすぐに普通の表情に戻り。 「私は今死ぬわけにはいかないの!あの男を倒すまでは!その為には利用出来るものは利用する!例え…あいつの様に非道なやり方だとしても…」 あの男を…殺す為に! グレンとカイルはフィナに言われた通り2人で王宮の門の前まで来たが侵入しようにも魔導兵の数が多くて侵入は不可能で2人は建物の陰に隠れていた。 「おい、どうすんだよこれ!?」 カイルが小声で尋ねるとグレンはいつもの冷静な表情で侵入の作戦を考える。 考えてる時にある事に気がついた。 「この国は8年前に国民が居なくなったと言ってたな?それなのに何故この王宮には魔導兵がいる?」 「そんなもん知るか!偶々助かっただけだろ?」 「それに、あのフィナって女…どうも信用ならん。警備が厳しい状態を伝えないまま俺たちに王宮に忍び込むように言う時点で明らかに俺たちを使い捨てにしてる…」 「フィナさんはそんな奴じゃねーよ!お前のそのクソみたいな思考がフィナさんを悪に仕立て上げてんだよ!」 相変わらずグレンの一言一言にイラつきを感じるカイルは思わずグレンの胸ぐらを掴んでいた。 グレンは呆れる様に溜息を吐くとカイルの手をポンポンと叩き、カイルは手を離した。 「…初対面の奴の言う事はなるべく信じない様にするのが俺の考えだ。まあいい。とにかく、王宮に侵入出来たら文句ねえんだな?」 そう言ってグレンは両手を地面に付けるとそこから魔力が流れ込んだ。 ドゴォーーーン!!! 「な、何だ!」 建物の陰からいきなり聞こえた爆発に魔導兵は驚き、全員の視線は建物の陰に向いた。 そして何人かの魔導兵は建物の陰に何かいると感じたのかその陰にゆっくり忍び寄った。 魔導兵の1人が爆発した所をそっと覗き込むがそこには何故かグレンとカイルではなく、同じ魔導兵の仲間だった。 「お前ら!…まさか、あの爆発は…」 「ちが…う…。俺達は…室内で監視してたんだが…急に周りが光って、気がついたら…」 「お前らよく見たら王宮の中の魔導兵じゃないか?じゃあ、先程の爆発は一体…」 その頃、グレンとカイルは王宮の中の魔導兵達に囲まれていた。 「おい、お前の作戦のせいですっかり取り囲まれたじゃねーか!」 「うるさい。お前と俺ならこんなトラップ余裕でクリア出来るだろ?グダグダ言ってねーでさっさと片付けるぞ。」 そう言ってグレンは手のひらに黒炎を発生させ、カイルはイラついた表情で二本の剣を鞘から抜き、影の範囲を広げた。 王宮の外にいたグレンとカイルが何故王宮の中にいた魔導兵2人と入れ替わり、魔導兵2人は爆発に巻き込まれたのか? 先程グレンが両手を地面につけた時に魔力を流したのには理由があり、これは地面に魔力を流す事で他人の位置情報が特定できるのである。 これは空間魔法の最上級の魔法で特定された者は自分が居た場所と入れ替えられる。 それに加え、先程の爆発が入れ替えられた瞬間に起きた。 つまり、入れ替えられた者は全く予想できない状態で爆発を受けてしまうので使い方ではとても便利である。 「その便利な魔法で何ミスしてくれてんだよ!!」 カイルは怒りの勢いを利用して剣を横に振ると魔導兵達の手や足は木の枝の様に斬られていく。 「うわっ!危ねえだろ!!」 危うくグレンも斬られそうになるが間一髪で避ける事が出来た。 しかし、カイルは詫びるどころか蔑んだ目で言い返した。 「俺のせいじゃねーよ。俺の中でお前も敵として認識してるから不可抗力だっ…つーーの!!」 大群で押し寄せて来られたので今度は勢いを溜めてから剣を振り切り、周囲の影が斬撃になって大群の魔導兵達を切り裂いていく。 そしてグレンも巻き添いを喰らいそうになる。 流石のグレンも2回も巻き添いを喰らいそうになったのか、ブチっと切れた音が響いた。 「お前がそのつもりなら…」 そしてグレンは両手の黒炎を合わせると手の中から黒い魔法陣が現れ、そして魔法陣は天井に張り付いた。 「ー黒き地獄の雨は怨念の炎。」 そう唱えるとグレンはその場から姿を消し、その瞬間天井に張り付いた魔法陣から黒い炎が上から噴射し、その威力によって黒炎の爆風が辺りに行き渡った。 黒炎によって部屋は破壊され、石造りの豪華な王宮の廊下一面黒焦げで窓などは爆風によって全て破壊されていた。 勿論、この場にいた魔導兵達は全員黒炎によって消し飛んだ。 黒炎が噴射してる間、姿を現したグレンは別空間に移動して避難していた。 「やり過ぎたか?…あの騎士団団長も殺してしまっ…」 「あっぶねーだろ!!」 目の前の黒焦げになった部分から声が聞こえるとその黒焦げの部分が盛り上がり、球体の様な形に作られる。 その黒い球体が花びらの様に広がるとその中には防御姿勢を取ったカイルがいた。 「おい!ちょっとは手加減ってもんを知らねーのか!?殺す気か!」 カイルは黒炎の噴射時に慌てて自身の影を纏い、そのまま廊下の影と同化して黒炎から逃れる事が出来た。 カイルはもう少しで殺されそうになったので怒りを露わにしてグレンに言う。 しかし、グレンはそれに対して。 「…悪い、俺の黒炎がお前を魔導兵の雑魚共の一匹として認識してたわ。ホントごめん。」 「何だと!!…てゆーかお前、何笑ってんだよ?」 「えっ?」 気がつくとグレンの顔は自分で意図していないのに笑みを浮かべていた。 この10年間、どんな時でも決して笑わないグレンが何故自然に笑っているのか自分でも分からない。 グレンは珍しく慌てて顔の表情を直し、いつもの冷静な表情に戻るがカイルはそれを見て吹き出した。 「ぶっ!お前にも、そういった人間らしいところあるんだな…」 「黙れ、人間らしさなど俺には不要だ。さっさとハイドって奴を見つけるぞ。」 そう言ってグレンはフードを被ると先に続く廊下の道を早足で歩いていく。 「言われなくてもこっちはそのつもりなんだよ!」 カイルも剣を鞘に収め、グレンの後を追った。 ここは王宮のある場所。薄暗く、部屋は石造りで出来た壁に真ん中には階段が並んである。 階段に続く道の横にはロウソクが並べられ、その上にある大きな椅子に座っているのは。 「シルフ・ベルトラス王!大変です!侵入者です!」 1人の魔導兵がこの部屋の扉を開け、階段の上の椅子に座っている者に言った。 その物はシルフの3代目国王、シルフ・ベルトラス。見た目は大柄で太った体型に緑色の着物を羽織った偉そうなちょび髭の男だった。 シルフ王はそれを聞いてもなお慌てず自分のちょび髭を右手で弄りながら鼻で笑って言った。 「バハッ!へへへ、何年振りかな?儂の城に侵入者なんて…のう?ハイドちゃん。」 「ええ、そうですね…あなたに刃向かう馬鹿な愚民などもういないと思いましたが…」 するとシルフ王の椅子の後ろから黒いローブを全身に羽織った男が薄暗さの中から現れた。 ハイドと呼ばれた男はローブによって顔は見えない上に手に黒い手袋をはめ、口以外に肌が見えない姿をしていた。 見える口の上には整えられたダンディチックな髭を生やされガタイも良いので年的には40前後に見える。 「ベヘヘッ!そんなとこにイィ~たの?ハイドつぁん?」 滑舌が悪いのか歯切れの悪く辺りに唾を飛ばしながら喋るシルフ王。 この気持ち悪さは現代社会にも腐る程いるだろう、見た目最悪で偉そうに踏ん反り返ってるだけのクソでぶ上司。 そのシルフ王の気持ち悪さに涼しい顔で唾を浴びながら聞いた。 「私は国王の為なら心臓を捧げるだけの覚悟を常に持ってますよ。」 「そぅおーか?じゃ、今すぐにお前にやっちゃって欲しい仕事あんだけど、やっちゃってくれるぅ?」 「何なりと。」 ハイドが片膝をついて命令を受ける姿勢を取るとシルフ王はまたしても唾を撒き散らしながら言い放つ。 「ぃ今…この城に、人、2匹がいる!ハイドつぁん?儂の言いたい事、分かってるね?」 カッコつけて命令を下そうとするが逆にさっきよりも滑舌が悪く何を言ってるのか分からないシルフ王。 「仰せのままに、私への命は陛下の為にあれ。」 しかし、ハイドは訳の分からないシルフ王の言葉を理解して命令を承諾するとハイドのローブは全身を渦巻きながらその場から消えた。 「ベヘヘへへ!!儂を馬鹿にする者は、この国の者だちだろうと、儂の妻であろーど、月の民であろーど、反逆者とみなして殺してやる!!」 フィナが言っていたような優しい国民思いの王などどこにもいない。 ここに踏ん反り返ってる者は人間の身体をした悪魔。その目には純粋な殺意のみが映されていた。 一方、グレンとカイルは群がる魔導兵達を相手を一掃しながら先に進んでいく。 しかし、進んでいく中ある事にグレンとカイルは気づいた。 「おい、気づいたかガキ?」 「誰がガキだコラ!!…ああ、おかしいと思ったのはお前だけじゃねえ。」 ガキと言われて怒るカイルだがグレンが言いたい事をすぐに理解したカイル。 「この魔導兵…倒されても叫び声をあげないどころか死ぬと消える。…こんな風に」 カイルに斬りかかった魔導兵はカウンターの様にカイルの右手に持たれた剣で斬られるとチリになって消滅していった。 「キリがねえな。おい、もう一発黒炎放つからガードしろよ。」 「うわっ!ちょっと待てー!」 カイルはさっきの様な巻き添いを喰らいたくないのか慌てて自身の周りに影の盾を作った。 グレンは両手の平を合わせ、そこから黒炎で出来た球体が発生し、グレンはそれを円に沿う様に撫でながら呪文を唱える。 「ー悪魔の囁きが鳴り響く時、黒き砲撃を喰らわさん。」 そう唱えるとグレンの背後から黒炎で何かが形成されていく。 キシャャャヤヤ!!! 形成されたものは体が黒炎で出来た悪魔の姿をした化け物だった。 化け物は上に向かって叫ぶと、グレンの掌で形成された黒炎の球体の中から魔法陣が形成され、そこから大火力の黒炎が噴射される。 噴射された黒炎は目の前にいる魔導兵はおろか、辺りに大爆発を起こさせた。 その大爆発により部屋は跡形も無くなり、巨大な石造りの王宮は一瞬で半壊した。 影を纏っていたカイルでさえ黒炎の威力で端まで吹っ飛ばされた。 一応影を纏っていたのでダメージは無いが端まで吹っ飛ばされた事で壁などにぶつかり、物理的なダメージは受けていた。 「ったく、手加減ってのがねーのか?」 「…これで魔導兵は居なくなったな?行くぞ、とっととこの国にいるハイドって男見つけ出すぞ!」 「言われなくても分かってんだよ!…って、俺を置いてくんじゃねーよ!!」 グレンはカイルをほっといてそのまま先を進もうとしたその時だった。 2人は気づいた。 …何か、正体不明の何かがここにいる? その正体不明の何かをグレンとカイルには分かっていた。それは、戦えば死ぬという明確な危険信号。絶対的な絶望で満ちた魔力がこの近くにいた。 グレンとカイルは咄嗟に剣を握り直し、戦闘モードに入った。 「…誰だ!?この魔力からして只の魔導兵じゃねーな。」 珍しく焦っているのか表情を険しくするグレン。 すると目の前の地面から気味の悪い黒い渦が発生し、その中から黒いローブを着た男が現れた。 黒いローブを纏った男は高身長で、袖は肘あたりで千切れ、両腕共にに黒い包帯を巻いていた。 右手には自分の身長よりも大きくて長細い杖を持っている。 目の前にいるこの男は、グレンとカイルの方を見るとそこから動かずに口を開いた。 「フフフ…君達、こんな所で何してる?」 その男の声はとても優しく響き渡るが2人にはその男の魔力によって只々恐怖しか感じなかった。 するとグレンが冷や汗を流しながら口を開く。 「お前は何だ?何だ、この魔力…ありえねぇ。」 「フッ、逆に返すよ。君は何だ?何処から湧いたネズミなんだ?」 男は周りから大量の不気味な紫色のオーラを勢いよく発生させた。 その紫色のオーラは周囲に充満するとグレンとカイルは苦しそうな表情を浮かべた。 「…ぐっ!これは…」 「胃が…捻れそうだ…。」 2人はお腹を押さえるとその場に膝をついて崩れた。 「フフフ…苦しいか、苦しいだろう!?そのオーラは人間の極度のストレスを体現し、それを空気中に分散したもの。まあ、人間には有効なんだけどなぁ。」 紫色のオーラを放ちながらローブの男は口角を上げ歯が見えるくらい口元を緩めた。 そしてグレンの方に杖を向けると杖の先端から黒い球体が発生し、その場で魔力が溜められていく。 「ねぇ、これなら有効かな、紅の悪魔祓い?」 そう言った瞬間、杖の先端に溜め込まれた黒い球体は一気に巨大化し、そのままグレンの方へ勢いよく飛んだ。 飛ばされた黒い球体は更に巨大化すると周りの建物が黒い球体に飲み込まれていき、飲まれていった建物の部分が徐々に破壊されていく。 「やはり力には力。悪魔祓いにも力でねじ伏せれば文句無いね。」 その男は破壊されていく王宮を上空から眺めていた。 ズバァァァア!!! すると男の背後に空間の穴が開き、その中からグレンの刀とカイルの双剣が現れ男の体を斬りつけた。 2人が空間の穴から現れるとグレンが男にローブの男に対して口を開いた。 「お前は…何者だ?俺を初めて見たくせに何故名前を知ってる?お前こそ、何者だ?」 すると顔を真っ二つにされているにも関わらず、その男は馬鹿にした様に笑いながら喋った。 「フフフ…アハハハハハ!!!僕はネル・ナイトフォース。君と同じ、悪魔祓い(デビルブレイカー)だ!」 すると、ネル・ナイトフォースと名乗った男はその場から消えた。 消えた瞬間、破壊されていく王宮は元の形に戻りグレンとカイルは上空ではなく元いた場所に立っていた。 「どういう事だ?ここはさっきあいつが破壊した筈…それにあいつはどこだ?」 「フフフッ、君達は僕の作った幻にまんまと騙されたって事だよ?」 どこからかネルの声が聞こえてくるがどこにいるのか分からない。 すると、グレンとカイルから見た右の壁に変化が起きた。 空間魔法によるものか、壁のある場所が時計回りに捻れていくとその空間に穴が空いた。 その空いた真っ暗な空間の穴からネル・ナイトフォースが現れた。 「なっ!?こいつ、俺たちの剣を食らったのに…」 カイルは何事もなかった様に無傷の状態で現れたネル・ナイトフォースを見て目を大きく広げながら驚いた。 「フフフッ、君達ごときの攻撃なんて喰らう訳無いでしょ?こんなの、交わさなくても勝てるや。」 如何にもナルシスト感を出しているネル・ナイトフォース。 「馬鹿な事を言うな!騎士団団長の俺と悪魔祓い(グレン)の魔法が効かないだと!?ふざけるのも…」 「そんな事より、お前さっき交わさなくても勝てると言ったな?どういう訳だ?」 カイルが怒りながら話してる途中なのにそれを掻き消す様にグレンが割り込んだ。 カイルは驚きと怒りのあまり、口を広げてグレンを見つめる。 「どういうも何も、そのままの意味さ。君達じゃ僕にかすり傷1つつける事は出来ないって事さ。」 「あと、お前悪魔祓いとか言ってたな?お前もキュアリーハートの奴なのか?」 「……は?」 「悪魔祓いは10年前、キュアリーハートで起こった人間の悪魔化が何かの突然変異で生まれた存在。つまり、キュアリーハート以外の者が悪魔祓いなのはありえない。…どうなんだ?お前は、本当に悪魔祓いなのか?ネル ・ナイトフォース!」 核心に迫ろうとするグレン。 そして、ネル・ナイトフォースは口元を緩めると鼻でフッと笑ってその問いに対して答えた。 「フッ、そうだね。君の言う通り、キュアリーハートの者じゃない奴が悪魔祓いになるのは事例がないし普通はあり得ない。けど、この世にはそのあり得ない事を可能にする為、禁忌を犯してまで成し遂げようとする者もいる。例えば…」 「黒魔道士…とかね。」 黒魔道士。それは、冷酷で自分の事の為なら魔法界の掟さえも無視する魔道士。 それに加え、魔力量が高く時には神級魔道士をも凌駕すると言われている。 黒魔道士が発動する魔法というのは圧倒的ではあるが周囲に与える影響が強く、時には国ひとつ滅ぼす力も持っている為、存在してる時点で罪である。 2人の目の前にいる黒魔道士はフードを外すと紫色の肩まで伸びた綺麗な髪と切れ長の目と明るく光る紫色の瞳。それに加えた美形の素顔を見せた。 顔だけみると大人しそうな表情で犯罪なんて無縁の存在の様だ。 しかし、周りから発するその魔力は相手の心を捻り潰して来るかの様なストレス性の強いものだ。 グレンは目の前の黒魔道士、ネルの顔を見てこう聞いた。 「お前が黒魔道士だからと言っても、悪魔祓いになるには体に悪魔を宿さないと不可能だ。その悪魔はどこにいる?」 「知りたいの?」 ネルは一呼吸置いた。そして、ネルは包帯で巻かれた左の肘を曲げた状態で上げた。 「これを使えば、君達は死ぬかもしれない。それでも、いいんだね?」 まるで可哀想な人を見る様な目でグレンとカイルを見るネル。 そして、ネルが左の包帯を少しだけ解こうとした直後、その包帯の隙間から黒い魔力のオーラが充満した。 「何だ!?この魔力…周りが…歪む。」 その黒い魔力によってカイルの視界はまるで空間が歪むような幻覚が見える。 「僕の左腕には悪魔を宿してる。それは、その悪魔の力を自在に操る為にね。けど、そのせいで周囲に影響を与える力が強いから普段はこの黒魔術で作った包帯で力を抑えてるんだ。」 ネルは再び包帯を閉じると黒い魔力は放たれなくなり、周囲の幻覚は消えた。 そしてネルは2人の方へ杖を向けて言った。 「さあ、無駄話は終わりにしようよ。僕は早くハイドさんに言われた通り、君達を排除しなければならないんだ。」 するとグレンはハイドという単語に反応した。 「ハイド…お前、その男について何か…」 グレンが言ってる途中でネルは杖の先から作った強力な紫色の魔力弾を放ち、2人がいるところを破壊した。 「もうお喋りタイムは終わりだ。今から始まるのは、残酷な地獄の宴だよ。」 ネルはそう言って目の前に自分の肩幅と同じくらいの大きさの魔法陣を発動させた。 ネルが出した魔法陣から体長約3メートルくらいある巨大な鎧を纏った紫色の戦士が三体現れた。 「まずはお手並み拝見。この戦士三体倒せるかな?」 すると、その巨大な戦士は目に見えない速さでグレンとカイルに襲いかかった。 「…くそ!いきなり…って、うわっ!!」 一体の戦士がカイルに向かって剣を振りかざしてくると自身の双剣でそれを防ぐ。 そしてその鎧の戦士の腹を蹴ら飛ばしてふらついた瞬間、カイルはしゃがんで双剣を横に振り戦士の腹と両足首を斬り裂いた。 両足首を斬られた事によって戦士は体制が崩れ、上半身が下に落ち、そこでカイルは連続で戦士の上半身を斬りまくった。 しかし、斬られまくって下半身だけになって倒れた戦士は再び立ち上がると、上半身の部分が再生され再び元の姿に戻った。 「なっ!?何だ、これは!斬っても再生し…!?」 そして再びその戦士は何事も無かったかの様に襲い掛かってくる。 一方、グレンは二体の戦士を相手にしていた。 一体の戦士がグレンに斬りかかると交わして黒炎を纏った拳で顔を殴り、もう一体も交わすと戦士の片腕を持ち、一本背負いを決めて倒れた状態の戦士の腹を同じ拳で殴った。 しかし、黒炎で殴った二体の戦士はすぐに再生し、付いた火は消えると再び剣を振りかざして襲ってくる。 グレンは何もないところから空間魔法で刀を出すとそれを持って襲ってきた二本の剣に対抗した。 二本の剣を受け止めるとそれを強く弾き返し、体制を低くした状態で右振りの構えを取る。 「纏めて消滅しろ。」 そして、刀を右に振るとそこから黒炎を纏った巨大な斬撃が紫色の戦士の腹を斬り裂いた。 しかし、二体の戦士は再び体を再生させてグレンに襲いかかってきた。 「何だ、これは。」 「フフフフフ。それは絶対に死ぬ事のない魔力を込めて作った人形。君達はどうやって抗う?」 ネルは2人の戦いを見て楽しんでいるのか口角を上げ、目はニヤついていた。 そしてしばらく攻撃を交わしたり反撃したりする2人は次第に戦士の振りかざした剣に擦り始めた。 「ッチ!キリがねえな!」 グレンは攻撃しても死ぬ事のない戦士にイラつき始めていた。 「フフッ、遅いですねぇ。いつまで掛かってる?そんな人形にいつまで時間が掛かってるのやら。僕なら1秒あれば簡単に倒せる。」 ネルは2人がイラついてるのを感じ、更に煽る。 「黙れ!テメェ、嘘つくんじゃ…」 「どけ!」 グレンはカイルを押しのけると灰色の魔法陣を手の平から発動すると、目の前にマンホールの様な丸い穴が開いた。 「消えないなら、閉じ込める!」 丸い穴はまるで掃除機の様に三体の戦士を吸い込んでいった。 三体を吸い込むと穴はすぐに塞がり、グレンが手の平を閉じると灰色の魔法陣は消えた。 「そうか!閉じ込めたら良かったのか。…どうだ!」 カイルはネルの方を向くがネルは何やら懐中時計を手に持って見ていた。 「ふーん。あの三体倒すまで5分10秒。…成る程、知能レベルは悪魔祓いが10の5でそこのチビは10の1ってとこだね。」 呆れた様に懐中時計を見ながら溜息を吐くネル。 「何だと!誰がチビだ!」 「そこじゃねーだろ、チビは黙ってろ。言ってくれるじゃねえか?」 「本当の事を言ったまでです。あんな簡単な人形を倒さない様じゃ、僕を倒すなんて夢物語にも程がある。」 「チ…チビ…チビ…だと?」 あまりにもチビ扱いされるカイルは手に持っている剣を強く握りしめ、2人を物凄い形相で見つめながらブツブツと言っていた。 「しかし、君たち2人の力は凄い。これだけは評価を高めに見るしか無いですね。けど、この世は力だけではどうにもならないって事を教えなければなりませんね?」 ネルは杖を地面にコツッと当てると2人の周囲から複数の魔法陣が展開された。 そして、複数の魔法陣から紫色のレーザーが四方八方から発射された。 「ぐあぁぁ!!」 カイルは影を纏って発射されたレーザーを防ごうとしたがレーザーの威力が強いあまり影は破れモロに受けてしまう。 レーザーを受けたカイルは全身血だらけになり、何とか倒れない様に踏ん張っていた。 「おやおや、そのレーザーを喰らって死ななかったのは君が初めてだ。さて、あの悪魔祓いはどこへ行った?死んだ…」 ズバァァアア!! すると背後から一瞬で現れたグレンに胴体を真っ二つに斬られた。 「死んだのは、お前だよ。」 胴体を分けられても表情を全く変えないネル。 すると、分かれた部分から黒い霧が発生しネルの体はそのまま黒い霧に拡散した。 「おい、ダメ団長!くたばってんじゃねえよ。」 「誰がダメ団長だ!ふんっ!…ふぅ…」 カイルは体を引き締めると先程負った傷が一瞬で消えた。 すると、目の前にある黒い霧の中から右手で左腕に巻かれた包帯に手に持っている状態のネルが霧の中から現れた。 「フフフ…凄い、凄いよ紅の悪魔祓い!僕が仕掛けた幻を2度も打ち破るなんて…けど、もう終わりだよ。」 ネルは左腕に巻かれた包帯を右手でスルスルと解いていくと中から黒く変色したネルの腕が露わになった。 そして、その腕からとてつもない量の黒い霧が辺りに発生した。 「ー苦痛と安寧の輪廻。この世に一筋の光をも許さない永久の闇。」 黒い霧はネルの詠唱と共に周囲を飲み込んでいき、グレンとカイルも黒い霧に巻き込まれそうになった。 「なっ!この霧は…まずい!早く吹き飛ばさないと…」 「無駄だよ。僕の左腕を解放した時に発生する霧は誰も止めることが出来ない。…さあ、飲まれろ!暗い暗い、絶望の淵へと飲まれろ!」 グレンとカイルは剣や魔法を使って霧を消そうとするが霧は気体である為、2人は抵抗むなしく黒い霧に飲まれ、姿が見えなくなった。 「ちくしょー!!!…エ…ミル…」 「くっ、くそ…こ…ん…な」 2人はそのまま黒い霧に飲まれていくと次第に意識が遠のいていった。 気がつくとそこは真っ暗な空間が辺り一面広がっていた。 黒髪の男、カイルはその空間で目を覚まし起き上がると辺りを確認した。 「何だ…ここは?確かさっき俺はあの男に黒い霧で、気がついたらここに…」 カイルは一生懸命思い出そうとしているその時、背後に気配を感じた。 後ろを振り返るとそこにはどういう訳か幼い頃のエミルが下を向きながら立っていた。 「エミル…エミルー!!!」 カイルは思いっきり声を出して呼びかけるがエミルは反応しない。 すると、暗かった辺りの空間に変化が起きた。 変化が起きるとそこには青い空に緑の高原、周りに生い茂る草木が辺りに形作られた。 エミルはその木の後ろに隠れた状態の位置に何かを見つめた状態でいた。 見つめている先には幼い頃の自分とハンジが2人で座っていた。 あれは確か、エミルがイフリークを出てから2週間後の光景だな。 ハンジは確か10年前に親を殺されたんだっけ? その時に俺はハンジの心を少しでも癒せたらと思っていつもの広場で話をした。 気になるのは木に隠れているエミルだ。 何故、エミルは隠れて俺たちを見ているんだ? 仮にこれが過去の事だとしても、何故エミルは俺とハンジの目の前に現れなかったんだ? 第三者として見ていた現代のカイルは不思議に思う。 過去の俺とハンジはエミルが隠れている事に全く気づいていない。 その意味が次の瞬間に全て理解した。 ハンジはカイルに抱きついたのだ。 勿論、この時の2人にそういった恋愛感情などは無い。 親を殺された辛い気持ちを抑えきれずに泣き出したハンジに俺の胸を貸しただけのつもりだった。 そのつもりだった。 しかし、その時隠れていたエミルは呆然とその光景を見つつ、両目から一筋の涙を流しながらその場を走り去ってしまう。 「え、どうしたんだ?…急にエミルが走って…」 裏切ったな 「………え?」 突然、カイルの頭の中でエミルの声がした。 そして、気づくと目の前にはさっきまで木の後ろに隠れていた昔のエミルがいた。 「私を裏切った…。私は…カイルの事が好きだったのに…あんたは裏切った…私を裏切った!!」 「エミル…そんなわけ無いだろ!!俺が好きなのはお前しか…」 しかし、エミルはカイルの話を聞かずそのまま喋り続けた。 「私は…転校する前に手紙も書いて気持ちを伝えたのに…あんたは何も感じなかったのね…」 「違う!俺は…あの時のハンジが辛そうだったから!…別に恋愛として抱きしめたんじゃ…」 「けど、私が傷ついたって事には変わらない…ごめんね、こんな重い女で。カイル疲れるわよね?」 エミルはそのままカイルに背を向けた状態で顔だけカイルの方へ向けて言った。 「さようなら…」 両目から涙を流し、エミルは背を向けたまま歩いて去ろうとする。 「エミル!待って!!待ってくれ!!」 カイルは必死にエミルを追いかけるがエミルはそのまま闇に消えてしまう。 そして腕を地面につけてそのまま俯いた。 「俺が…俺が、間違ってたのか?あの時の俺の行動のせいで…エミルは8年間、ずっと苦しんでたのか?俺は…どうしたら良かったんだ!?」 今まで自分が正しいと思ってやってきた事を全て否定された時、人は立ち直れないくらい絶望する。 カイルの今の心境はまさにそれそのものだった。 俺があの時、ハンジを抱きしめる時に…どうして気付かなかったんだ…。 俺が逆の立場だったら、きっとあの時のエミルの様に悲しみ、嫉妬するだろう。 そして、何も信じられなくなると思う。 あいつが盗賊になったのも、レヴィアタンに憑依されていたのも、全部俺のせいだ。 俺のせい…だから、エミルは涙を流してたんだ! こんな奴(俺)、居なくなればいいんだ!!誰か、殺してくれ!! カイルは首元を持つとそのまま強く締め付けようとした。 「マテ、ハヤマルナ。」 すると何処からか野太く響く声が辺りに響いた。 「誰だ!…いや、誰だろうと関係ない…いっそ俺なんか死んだほうがいいんだよ!!」 カイルは返事をするが首元を掴んだ手を離さず、再び首を締め付けようとする。 「オマエガシンデ、ドースル?ソンナノ、ヨクナイコトダ。」 「うるさい!そもそもお前は何なんだ!?姿くらい見せたらどうなんだ!!」 「オレハ、オマエノナカ。デラレナイ。オマエガシンダラオレ、シヌ。」 「はっきり喋れ、鬱陶しい!今はお前なんかどうなったっていいんだよ!」 カイルは何もない暗闇に向かって声を荒げる。 「ジャア…シヌンダッタラ。…オマエ、クッテイイカ?」 すると声の主は突然緩み、不気味さが増した。 「なっ?」 「オレハ、シニタクナイ。オマエクッタラ、オレシナナイ。ドウダ?シヌンダッタラクッテモイイカ?」 「…何言ってんのか分かんねえけど、そうしたいなら勝手にしやがれ。俺は…生きるのに疲れたよ。どうせ俺はイフリークや国民、騎士団、そしてエミルとハンジ。守ってあげる事が出来なかったクズだ。殺すならさっさとしろ…もう、疲れたから。」 「ワカッタ…イタダキマス」 ジャルリという唾液の音が聞こえると声は聞こえなくなった。 そして、カイルの体に異変が起こった。 「!!…ぐっ、グアァァア!!!」 カイルの目は突然意図せずに赤くなり、両手の皮膚が黒く腕に向かって侵食していく。 まるで、腕から食べられている様な感覚だった。 このままじゃ、食われてしまいそうだ…もう、意識が… 「あんたって、すぐ諦めるよね?」 意識が朦朧としている中、あの時エミルに言われた事が頭の中に伝わる。 「…え、エミル…」 もうすでに首元まで黒く侵食している。 しかし、カイルはそこから思い出す。 子供の時に、身分のせいで友達が出来ず孤立していた自分に初めて声を掛けてくれたのはエミルだ。 カイルの頭の中に1人で座り込んでいる俺に笑顔で手を差し伸べてくれるエミルが思い出される。 あいつのあの笑顔があったからこそ、あいつは俺の初めての友達で、初恋の相手でもあった。 そして、目指すべき目標でもある! それは今でも、何も変わらない… こんな所で、何やってんだ! 何諦めてるんだよ、俺は! あの時からまるで進歩してない…しっかりしろ、カイル・エリオン! 諦めて自分を信じなくなったら、これから誰も信じられなくなるだろ! 失敗を恐れるな!自分を信じろ! 迷いがあるならこの2本の剣で断ち切ればいい! 俺にはそれが出来るだけの力はあるんだ! もう、俺は何も怖くない! 俺を必要としてくれる奴がいるなら、俺はこれからも生きなければならない。 すると辺りが急に明るくなると同時にカイルの体から白い光が放たれ、侵食していた黒い部分が徐々に剥がれ落ちていく。 「ありがとう、エミル。また助けてもらったな。」 場面が変わり、同じく最初のカイルがいた暗闇の世界にグレンが倒れていた。 「…あの騎士団のチビがいないな。どうやら、ここは俺しか居ないみたいだ。」 辺りを見渡すが辺り一帯、暗闇に覆われ何も見えない。 グレンはここが何処なのか確かめる為に、少しだけ歩いてみるが何処まで歩いても景色は変わらない。 「…苦痛と安寧の輪廻?…永久の闇…。どうやらここはあの黒魔道士が作り出した俺の心の闇だな。」 ネルの詠唱から推理するグレン。 「苦痛と安寧というのがよく分からないが、俺にとっての苦痛が永遠に与え続けられるって事か。…まぁ、そんな事はどうだっていい。俺が今更心の闇に負けるわけ…」 「あ…あれは…」 グレンは目の前に映った光景に衝撃を受けた。 それは、かつてグレンが今までの中で1番人間らしかった悪魔祓い(デビルブレイカー)になる前の小さなグレンだった。ドグマに言われた通り朝の4時半に起きたグレンは、龍技の真髄の修行をする為にドグマの後ろに付いて歩いていた。早朝に起こされたにも関わらずグレンは眠そうな素振り1つ見せなかった。「初日で眠くはないのか?」「ああ。普段からあまり睡眠を取らない方だ。昨日はゆっくり出来た。」グレンは旅をしてる時もそうであるが、いつ自分の身に危険が起きても対処出来る様に熟睡は基本的にしない。その為、グレンにとっては明朝4時半と早い時間に起こされても睡眠時間的には十分であった。「…そうか。この程度なら生意気な口も普通に叩けるのか。よかろう、遠慮はいらんという事だな。」ドグマは余裕そうなグレンに対し、そう脅しをかける。「(そういえば、昔アガレフに修行を付けてもらう時も同じ様な事を言われたな。)」……思い出すだけでゾッとし、血の気が引いていくのが分かる。あの時は毎日失神するまでボコボコにされていたなぁ。アガレフの修行は本当にキツかった。「よし、着いたぞ。」真っ暗だった為、到着するまでどこを歩いているのか分からなかったが数十分後、ドグマが連れてきた場所は竜の遺跡にある川の上流の方だった。「川で修行するのか?」「そうだな。修行と言えば修行かな。足の裾を捲(まく)れ。今から川で魚を捕まえる。」そしてドグマはズボンの裾を膝上まで捲り上げると片足ずつ川に入っていく。そして川の真ん中辺りまで行くと水面の上で手掴みする様な構えをした。…バシャッ!素早く水面に手を突っ込み一瞬で掬(すく)い上げる。手のひらからはみ出そうな大きさの魚がドグマの手に捉えられ、捉えた魚を竹と藁で編んだ肩掛けの魚籠に入れる。そして再び魚を捕まえる構えに戻った。「…何してる?お前もやらんか。」「あ、ああ。」グレンもドグマと同じ様にズボンを膝上まで捲り上げて川に入ろうと右足を水につける。「うっ!……」あまりの冷たさに声が出てしまうグレン。朝方の気温の低い山奥の川の水。冷たくない訳が無い。「冷たいだろ?因みに魔法は一切使うなよ。修行にならんからな。」「…いや、魔法使わないと見えねえよ。」只でさえ冷た過ぎる水に慣れない中、真っ暗な時間帯で水中の魚が見えない。しかも道具は一切使わず難易度の高い手掴み漁。目を凝らして水面を見るが当然見える訳が無い。グレンは困惑してる中、隣でドグマは流れ
時は遡る事3日前。この日はカイル、エミル、ミーナが東の大国に到着したばかりの日であった。しかし、ここは北の大国と東の大国よりも更に北東部の奥にある場所。そこは一般の人が立ち入ると必ず道に迷うとされる竜爪の錯林(りゅうそうのさくりん)]と呼ばれる森林があった。その森林の中にある地面は深い裂け目や溝が幾筋も走り、獣道や細い道がそれに沿って複雑に分岐している。道はまるで生き物のように折れ曲がり、進んだはずの者を同じ場所へ戻し、方角の感覚を狂わせる。異常な磁場がコンパスの指針も狂わせる為、人の五感や魔力の流れを読めない人が立ち入れば一瞬で迷路へと変わる場所。この森林の中に1人の男が歩いていた。彼の名前は紅の悪魔祓い(デビルブレイカー)グレン。彼はレミールでミーナ達と合流したのだが、そこの国民に国を守る様に提案される。しかし、それを拒否したグレンは国民に危害を加えられた挙句、抵抗すると悪魔と言われて非難された。そしてグレンは自分のせいでミーナに危害が加わると考え、自ら1人になる道を選んだのだ。では何故彼が今この森林に居るのか?(おい、いい加減にしろ!いつまで歩き続けるつもりだ?もうかれこれ3日は歩いてるぞ?)グレンの中に居る悪魔、リフェル。本名強欲のマモンが話し掛ける。グレンはこの竜爪の錯林(りゅうそうのさくりん)に立ち入ってからかれこれ3日は経っていたのだ。「……この森、まるで生きてるみたいに場所が変化してる。ずっと同じところをグルグル回らされているみたいだ。」木々に囲まれて複雑に分岐した細い道を辿っていくも、いつの間にか元来た道に戻っている。更に元来た道をよく確認すると木々の形や生え方、地面の裂け目の形が少し違っていた。(何回この道来るんだよ!もう100回くらいこの光景見てるぞ!)「……いや、違う。よく見てみろ。この地面と木の並び方。少し違って見えないか?」(は?そんなもん覚えてる訳ないだろ!)「最初来た時はこの地面の裂け目は3本だった。だが今は2本。木も1本1本捻れてたのが真っ直ぐになってる。」(…長い事同じ光景を見て疲れてんのか?…いや、待てよ…グレン、何が言いたい?)何かに気付いたリフェルはグレンの考えを聞く事にした。「多分だが俺達が前に進めば進む程、木や道の形が変化して最初来た時と同じ光景を見せられる。けど、地面
悪魔に襲撃されたクレーアタウン。 アスモディウス達との戦闘により、平和だった町の殆どの建物は半壊している。 今すぐ普通の生活に戻れそうには無かった。 ゴウシが東の大国ノームに救助を要請したお陰で、大型のバスの様な魔力式四輪駆動車が到着。 その中から現れたのはノームの救護隊員達であった。 救護隊員達は生き残ったクレーアタウンの人達を誘導し、自分たちが乗ってきた四輪駆動車の中に乗せていく。 クレーアタウンが復興するまでは東の大国が責任を持って町の人達を守るつもりだった。 アガレフという父親を失ったミーナと、母親のリーナ。 リーナはまだ立ち直れず座りながら俯いていた。 無理もない。17年間、愛して待ち続けた夫が目の前で跡形もなく消えたのだ。 簡単に立ち直れる筈が無い。 そんなリーナの側にミーナはつき、一緒に横に座っていた。 一方カイルはエミルの隣に立ち、目の前にはライク、ニケル、フィナが順に並んで2人と対面していた。 「改めてお久しぶりね、カイル君。」 フィナはカイルを見て挨拶した。 さっきはミーナの父親の件もあり、互いにそれどころでは無く再会の挨拶をする間が無かった。 「まさか、フィナさんが2人と一緒に居たなんて知りませんでした。」 カイルはシルフで別れた筈のフィナが、月の民である元盗賊のライクとニケル。2人と行動を共にしてる事に驚いていた。 するとフィナはエミルの方に視線を移す。 「あなたがライクとニケルが言ってたエミルさんね。私はフィナ・プロミネンス。宜しくね。」 「こちらこそです。エミル・ウォーマリンと言います。……ライクとニケルも、久しぶりね。」 少しよそよそしく2人に言うエミル。 一応、ティラーデザートでエミルはライク達に「裏切り者扱い」されて離れる事になった。 当然エミルも言われて当然だと思っている。 カイルと戦ってくれた時は必死だった事もあって、あまり気にしていなかった。 しかし今になって冷静になると、どんな顔をして2人を見れば良いのかエミルは分からなかった。 そんなエミルの悩みを掻き消すかのように2人は笑いながら。 「エミルも、元気そうで何よりだよ。」 「けっ!何辛気くせー顔してんだよ!」 ニケルは笑顔でそう言うと隣のライクは頭に手を組みな
場面は変わりミーナに会わせて欲しいと訴えるリーナを抱えながら、フィナはライク達の後を追っていた。フィナの"陽"の力は短距離で時間をコントロールして戦うのに向いている為、ライク達に比べると遠くへ移動するのはそれ程速くは無かった。それでもフィナの足は早く、時間のコントロールによってミーナ達とは10kmほど離れていたが5分くらいで近くの地点まで辿り着いていた。「リーナさん!もうすぐですからね!」「ありがとうございます!」フィナが走っていると、少し離れた場所で巨大な光の爆発が起こったのが見えた。「あの爆発は一体…」「…ミーナ。」その時は丁度、アスモディウスに魔力操作"極"の力によって光の爆発を起こした時だった。目の前で起きた光の爆発を見たフィナとリーナ。リーナはフィナの背中に抱えられたままミーナの無事を祈り、そのまま彼女達の戦場へと近づいていく。バタッ。ミーナはうつ伏せのまま地面に倒れ、持っていた刀が右手から離れる。刀の刀身が地面に当たると、当たった部分から刀身がバラバラに崩れていった。魔力操作"極"で刀に膨大な魔力を込めた事で、刀に大きな負担が掛かっていたからだ。ミーナのその姿を見たアスモディウスは先程まで息を切らして焦っていたが、この光景を見るや急にニヤケ始めた。「ミーナァァァ!!!」「ミーナちゃん!」エミルとカイルは走りながら倒れたミーナの方へと走る。しかし、魔力も使い果たし体力の限界だったエミルは早く走れない。「クソ!俺も身体が痛くて動けねぇ!」「まずい!あのままじゃ、あの子が殺されてしまう!」ライクとニケルも同様、雷神と風神の反動とカイルから受けたダメージにより今は動ける状態では無い。辛うじて生きながらえたアスモディウスがミーナの1番近くに居た事で、ミーナは絶対絶命のピンチに陥っていた。「…あれぇ?もしかして、動けない感じ?私、ヤバいと思ったけど。」するとアスモディウスは指をパチンと鳴らした。死者蘇生で蘇った死者達を操る合図だ。ミーナの消滅の光はアスモディウスのみを対象にしていた為、死者達はそのまま残っていた。「勝負では私に勝ってたのに、なんとまあ……残念だったね!小娘がぁ!戦場で気絶する方が悪いんだよ!恨むなら、自分の間抜けさを恨みなさい!」「おい、役立たずの屍(しかばね)共!この小娘をグチャグチャにし
するとベルゼバブが出てきた方とは逆の奥の方から別の足音が聞こえてくる。あの時は魔法が使えなかったから分からなかったけど、ただならぬ魔力を感じる。しかし、悪魔の様な不気味な魔力では無い。温かみのある優しい光の様な魔力。その魔力を持った人…人では無いが、ミーナとベルゼバブが居る方へ歩いてきた。「久しいのう。ミーナ。」その姿は以前ミーナと精神世界で対面した時に見せた、ミーナと全く同じ姿の状態のエル(ミカエル)が暗闇から現れた。「あなたはエル…」「な、何で!?何で君が居るの?大天使・ミカエル!」ベルゼバブはミーナの姿をしたミカエルを見て驚きを隠せなかった。普段無邪気に相手を挑発したりするベルゼバブが焦りを感じている。悪魔にとって天使という存在は、嫌悪を抱くと同時に恐怖の対象でもあった。ベルゼバブに視線を移すミカエル。「そなたはベルゼバブ。妾はこのミーナと共存してるのじゃ。…この姿じゃ、ややこしいな。」そう言うとミーナの姿をしたミカエルは変化していく。そしてミカエルは姿を見せた。白銀の長い髪を風に揺らし、透き通る青い瞳で静かに微笑む天使の翼の女性。白を基調とした和の装いには淡い金の煌めきが散り、腰紐と房飾りが上品に揺れる。大きな白い翼を広げたその姿は、神域の気配そのものだった。「それが本当のエルの姿…本当に天使みたいだ…」ミーナは天使の姿のミカエルに驚いていたが、その神々しい姿に見惚れいた。「天使みたいでは無い。妾は天使なのじゃ。」ニコリと微笑みながらミカエルは言った。柔らかいその表情と立ち姿はその名の通り天使と呼ぶに相応しく、一つ一つの言葉や所作が周囲をまるで温かく包み込むかの様である。その温もりは暗闇の精神世界が天国の様に思える程だ。「大天使がミーナの中に居たなんて…まさかとは思うけど、君の力を彼女に貸し与えてたりしないよね?」「妾の"恩恵"の力か?ええ、そうじゃ。妾の力を与えた事でミーナは力を使えるぞ。」何てこった…と言わんばかりの顔をしながらベルゼバブは手を頭に抱えた。何故ベルゼバブが頭を抱えてるのか分からないミーナ。「え、何か不都合な事でもあるの?」「不都合といえば、不都合かな…天使は僕達悪魔の魔力を凌駕するからね。何も対策しなければ、悪魔は天使によって一瞬で消されてしまう。」ベルゼバブの言う通り、一度
ミーナ達3人が戦っていたその頃。東の大国で元八握剣(やつかのつるぎ)であったギンジはミーナの母であるリーナを連れながら、他にも生き残ってるであろうクレーアタウンの市民を探していた。生き残っていた市民は結構居た為、全員助けに来てくれたギンジの後ろをゾロゾロと歩いて着いて行く。そんな中で思わぬ人物に出会った。その人はギンジにとってあまり会いたく無い人物。「ギンジ!お前、こっちに来てたのか!?」の太く低い声の主である彼の名前はゴウシ。八握剣(やつかのつるぎ)の土刃(どじん)と呼ばれる男である。見た目年齢が30代後半は過ぎてるであろうゴウシは、ベリーショートの茶髪に整えられた茶髭。八握剣のバンジョウやスイゲツと同じ侍の様な服装をしているが、体型はガタイが良いと言うよりも巨漢に近かった。丸太の様に太い腕に、武器は刀では無く斧を背中に担いでいた。「ゴウシ…そういえばスイゲツの奴が言ってたな。」ギンジはゴウシの事を嫌そうな目で見ながら東の大国ノームでスイゲツが言っていた事を思い出した。「はい!先程八握剣の土刃、ゴウシ様から連絡がありまして。最近東の近隣の国が悪魔に襲撃されているとの事です!」スイゲツがあの道場で報告した内容の発信源は確かゴウシであった。市民を助ける為の人手が足りない現状ではとても頼りになる存在であるが、国を出るつもりのギンジにとっては不都合でしか無かった。どうせこいつも八握剣(やつかのつるぎ)に戻れって言うに違いない。「お前が居てくれて良かった!ギンジ、俺もこの町の人達を助けたい!だから協力させてくれ!」しかし、ゴウシから出てきた発言はギンジの予想とは違っていた。「何だ、俺の事を引き留めようとしないのか?」「いや、今はそんな場合ではないだろう?そりゃ、お前には戻ってきて欲しいが、それよりも先に今はやるべき事があるだろ。」ゴウシは八握剣の中でも正義感が人一倍強く、真っ直ぐな性格であった。その正義感に加えて人々の為に今自分に何が出来るのか、常に考えて行動出来る人である。しかし、不可解な事が一つあった。「確かゴウシが居る場所はここよりも数km離れていた場所だ。どうやってここまで来た?」高速移動や転移魔法を使えないゴウシには一瞬でここまで来る移動手段が無かった筈だ。ーーどうやってここまで来た?こいつはこの町には居ないと思